魅力高まる債券アクティブ運用=不確実性で広がる投資機会=ピムコジャパン共同代表者の正直知哉氏に聞く
2025年03月26日 08時30分

新NISA(少額投資非課税制度)をきっかけに海外株式ファンドの人気が高まる中、投資の次のステップとして債券投資に対する関心が高まっている。世界最大級の債券アクティブ運用会社のPIMCO(米国)の日本法人ピムコジャパンリミテッドのマネージング・ディレクター 共同代表者 兼 アジア太平洋共同運用統括責任者の正直知哉氏に「グローバルな債券アクティブ運用がもたらす投資機会」と「金利が復活した日本債券の投資妙味」について話を聞いた。
◆トランプ政権の経済政策とグローバル経済の変化
-グローバル債券の状況は
正直氏 当社は1月に、短期経済展望「不確実性の中に確かな投資機会」を公表した。経済の不確実性が増す中で、グローバル債券の投資妙味が高まっている。
注目点の一つ目は、米国のトランプ政権の政策だ。経済および市場の混乱要因になっており、株式等のリスク性資産について調整が始まっている。これはグローバル債券にとってはプラス材料だ。
トランプ政権の政策には、関税、移民、政府の効率化、減税、規制緩和などがある。株式市場は現在、大統領選挙から新政権発足までの間に考えられていた楽観的なシナリオが後退している。トランプ大統領は、短期的な経済や株式市場のダウンサイドリスクを覚悟した上で、米国の貿易赤字と財政赤字を減らし、米国の労働者への分配率を改善させるといった、長期的な目的を推進しているように見える。
二つ目は、グローバル経済の変化だ。トランプ政権の政策を受けて、欧州では特にドイツにおいて、防衛予算やインフラ投資を拡大する方向に転換しようとしている。中国は、財政・金融政策で経済を抜本的に支援する動きが見えてきた。さらに、日本を除く各国の金融政策を見ると、多くの人が考える中立金利を上回っている。政策金利を低下させる余地があり、グローバル債券の投資家にとって良い環境にある。
◆インフレと景気減速を見守る
-米中央銀行の対応は
正直氏 関税が引き上げられると、製品価格が上昇するので、短期的にはインフレ率が高まる。ただ、関税引き上げは、ワン・タイム・アジャストメント(1回の調整)なので、インフレ率が上昇し続ける要因になるわけではない。しかし、人々のインフレ期待が上昇した場合は、その限りではない。中央銀行は、人々のインフレ期待を抑えるために金融政策を行う必要が出てくる。
従って、米中央銀行はまず、人々のインフレ期待が上昇しないように、メッセージを送り続けるだろう。ただ、仮にインフレ期待が上がってきた場合、人々の購買力が低下して経済成長にマイナスの影響が発生する。経済の減速とインフレのバランスを見極めながら、リセッション(景気後退)の確率が高まってきたと判断すれば、金融政策を緩和することになるだろう。
◆インカムを享受、キャピタルの狙える環境に
-グローバル債券の投資環境は
正直氏 米国金利は4%を上回る状況にあり、米国国債、高格付け社債、モーゲージ証券などのハイ・クオリティーな債券は、イールドから得られる金利収入(インカムゲイン)を享受しながら、ここからさらに利下げをした場合には、金利低下(債券価格上昇)によってキャピタルゲインを狙える環境になっている。
「株価の調整は始まったところだ」と考えている。現在も株価のバリュエーションが高い水準にあることを考えると、個人投資家はグローバル債券を保有することで、株式のリスクをヘッジし、ポートフォリオの分散効果を高めることができるだろう。
経済の不確実性が高まる中で、各国の経済成長やインフレ動向がそれぞれに変化し、政策も変わっていく。アクティブ運用戦略によってさまざまな投資機会を生かすことができると考えている。
アクティブ運用においては、マクロ経済・政策の見通しに基づくトップ戦略に立ち、「金利感度をどのように高めるか」というデュレーション戦略や、短期・長期・超長期債の選択によるイールドカーブ戦略、国債のほか社債やモーゲージ債をどのように選択するかという銘柄戦略を組み合わせることで、市場環境に応じて収益のドライバーを高めることができる。
◆日本の金利が復活、長期金利は1.5%程度に上昇
-日本債券の状況と日銀の金融政策は
正直氏 日本の金利が復活した。投資家にとって朗報だ。日本の長期金利は1.5%程度に上昇してきた。日本のインフレ率が、日銀が目標とする年率2%程度をここ3年程度上回っているためだ。人々も変化しており、「物の値段は上がる」と考えるようになってきた。
日銀は、ここまでの利上げにより、政策金利を0.5%に引き上げた。市場では「年内にもう1回、来年に1回、利上げが行われ、政策金利は1%になるだろう」という見方が広がっている。
◆長期金利が高いイールドカーブ、ロールダウン効果も
-日本債券のポイントは
正直氏 日本の長期金利は、ここからもう少し上昇する可能性があると思っている。ただ、日銀の金融政策は、引き締めではなく、正常化の段階にある。今後も緩やかな利上げになるだろう。また、米国経済が減速するリスクや、米国の関税引き上げで日本経済が相応の影響を受ける可能性もある。こうした状況を注意深く見守る必要がある。
日本のイールドカーブ(残存期間と利回りの関係を表した曲線)を見ると、長期債や超長期債の利回りが高く、短期債が低い。イールドカーブが立っている状況なので、国債に投資して得られるロールダウン効果(時間の経過とともに債券価格が上昇すること)により、見た目の利回り以上に収益が期待できる。
日本の債券を使ってアクティブ運用を行うことで、2%半ば、あるいは2%台後半の利回りが期待されるポートフォリオを作ることも可能になってきた。日本債券の魅力は急速に高まっている。
◆銘柄分散、時間分散が大切
-債券に投資する際の注意点は
正直氏 一般的な注意としては、債券にはデフォルト(倒産による債務不履行)リスクがあるので、一つの社債に集中して投資するのでなく、ファンド形式になっているものに投資することが大切だ。
日本の金利は、まだ多少上昇する可能性があるので、今フルに投資するのでなく、金利上昇の過程で少しずつ投資残高を増やしていくのが良いだろう。誰でも、金利の一番高いところで投資したいと思うのだが、その時期は誰にも予想できない。今は、少しずつ始めるのに良い状況になっているかもしれない。
◆デュレーションや種別戦略など多様な投資機会
-パッシブとアクティブの違いは
正直氏 パッシブ運用は、インデックスのリターンを実現することを目標にしている。一方、アクティブ運用は、インデックスを上回るリターンの実現を目的としている。
どうやって実現するかと言うと、インデックスの中で、あまり魅力的でないものを保有しない。あるいはインデックスほど持たない。一方で、インデックスに入っているセクター、債券の種別(社債や資産担保証券など)、特定の国債で、より魅力的なものを多く持ち、魅力的でないものを少なく持つ。
あるいは、金利が上昇すると考えれば、インデックスよりもデュレーション(元本の平均回収期間)を短くしていく。あるいは金利が低下すると考えれば、インデックスより長めにしておくことで、インデックスを上回るリターンの実現を目指す。
日本債券は、金利が復活してきたことで、市場のボラティリティが上がってきており、アクティブ運用にとって、投資のチャンスが増えている。
◆量的緩和縮小でリスクプレミアム、世界との感応度が高まる
-日本債券で注目点は
正直氏 日銀は量的緩和政策を通じて大量の債券を保有しており、それを少しずつ減らしていく過程に入った。その意味するところは、これまで日銀が持っていた国債が、投資家の手に渡っていく。
日銀は、「この債券は魅力的だから買おう」、「この金利水準は魅力的だからたくさん買おう」といった経済的な決定はしていない。このため、日本銀行の量的緩和が縮小していく過程で発生する「リスクプレミアム(上乗せ利益)をどう享受するか」が、アクティブ運用のマネジャーの技量の見せどころだ。
加えて、日本の金融市場はデフレの間、世界の金利動向に対して感応度が非常に低かった。しかし、日本経済がデフレから脱却し、マイルドなインフレという新しい経済になってきたことで、グローバルな市場の影響をより受けやすくなっている。
このため今後は、日本債券のアクティブ運用において、グローバルな視点が極めて重要になってくる。「グローバルな視点と運用体制を持っているかどうか」も、注目点の一つになるだろう。