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アート市場、余剰資金で成長続く=横浜美大・宮津学長

2021年12月20日 11時07分

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 「新型コロナはアートをどう変えるか」などの著書がある横浜美術大学の宮津大輔学長は、アート市場の動向について、「2022年も余剰資金が成長を支える状況が続く」と予想。一方、今年人気を集めたデジタルアートに関しては「よく内容を理解せずに高額投資することはリスクが大きい」と指摘する。

 ―アート市場を取り巻く環境は。

 新型コロナウイルスの感染拡大が懸念され始めた20年は、アート市場でも世界経済の収縮による株安や原油安の影響が懸念された。しかし、その後世界各国の大規模な金融緩和や財政政策の結果、経済は落ち着き、株価が回復、原油相場は高値圏で推移している。アート市場にも余剰資金が流入しており、悪い要素はあまり見当たらない。

 実は、アート市場に対する原油相場の影響は大きい。取引シェアの9割以上を占める米・英・中国の3カ国が、いずれも主要産油国である上に、有力なアート収集家である産油国王族の収入に直結するからだ。17年にレオナルド・ダビンチのキリスト肖像画「サルバトール・ムンディ」(救世主)を、史上最高の4億5030万ドル(約500億円)で落札したのは、サウジアラビアのムハンマド皇太子だ。

 ―今後については。

 市場は比較的堅調に推移するだろう。オークション取引だけでも年間7~8兆円の規模がある巨大市場だ。オミクロン株や米中対立など、不安要素もあるが、基本的に余剰マネーが投資先を求め、動き回る状況に変化はない。原油も先物相場が一時マイナスに沈んだ20年春とは違い、当面は高止まりが予想されている。

 ―中国市場の動向は。

 引き続き、美術館やコレクターの収集意欲は高い。外貨取引規制が強化される中で、富裕層の間では、資産の一部を国際的に価値の認められたアート作品に替えたいという意向も強いと聞く。

 中国は、日本のバブル崩壊と長期低迷に学んでいる。経済の軟着陸が図れるならば、アート市場も急速な収縮は回避されよう。ただし、表現の自由が制約され続けるようであれば、非常にリベラルな存在である現代アートの取引には、ボディーブローのように悪影響を及ぼす可能性がある。

 ―日本市場は。

 状況は明るくなりつつある。起業で成功した比較的若い層が新たなコレクターとして登場し、市場の成長に貢献している。しかし、欧米などに比べればその規模は桁違いに小さい。一因として、「芸術をお金の尺度で測るのは品がない」というわが国独自の風潮が挙げられる。

 欧米では、富裕層が安定的な資産運用を目指す上で、アート作品を資産構成に組み入れるのはごく当たり前のことだ。大手金融機関やプライベートバンクには、顧客ニーズに対応できるアートに通じた人材も多い。日本との大きな違いだ。

 ―日本市場に望む点は。

 バブル期に日本人コレクターが高値で買った名画は、バブル崩壊後、はるかに安値で海外へ流出した。極めて高額なレンタル料を払ったようなものだ。日本の金融機関にアートの長期的な価値を測る眼力があって、貸し剥がしを急がなかったら、今頃は何倍もの価値を誇っていたはずだ。

 フランスやリヒテンシュタインは、アート作品を外交や国の競争力維持に生かしている。遅きに失した感はあるが、日本もアートの価値を正当に評価し、有効活用できる体制づくりが必要だ。

 ◇アートNFT投資はリスクも

 ―21年はデジタルアート、特にアートNFT(非代替性トークン)が好調だった。

 市場全体の底上げの中で資金が流れ込んだ。ブロックチェーン(分散型台帳)という新しい取引方法の話題性と、高額作品の登場が投資としての盛り上がりを加速させた側面もある。

 廉価な作品を楽しく買えるという意味では、アートNFTには期待している。半面、他の美術品にも言えることだが、中身をよく理解せずに高額なものに手を出すのは非常にリスクが高い。NFTの所有権や技術に関する法整備が追いついていない点は大きな問題だろう。

 ―NFTはアートの市場構造を変えるか。

 登場当初は、アーティスト自ら作品を売り出し、ギャラリーに搾取されずに収入を得られるといった点がもてはやされた。しかし、大手オークションハウスやメガギャラリーといった伝統的な市場プレーヤーたちも、NFTの取引に参入し始めている。そうしたプロフェッショナルが市場形成に関わることは、作品の安心感につながり、必ずしも悪いことではない。是非は、いずれ時代の社会が決めることになるだろう。

 ―横浜美大には「現代アート経済論」というユニークな科目がある。

 講義を通じて日本のアート市場発展に資する人材を育成したい。学生たちは当初、経済や価格といった価値尺度で芸術を語ることに対し、ちゅうちょすることが多かったが、例えば中東産油国のアート作品の高額購入が、資源枯渇後の観光立国化を見据えた文化戦略である点を説明すれば、納得してくれる。アート業界を目指す学生にとって、そうした気付きは大変重要だと思う。(了)

 

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