メアリーで読み解くFRB軌道修正=米SF連銀総裁、「ハト」から「タカ」へ
2021年12月07日 12時28分
【ワシントン時事=高岡秀一郎】米サンフランシスコ連邦準備銀行は、北はアラスカ州、南はアリゾナ州、太平洋上のハワイ州まで至る広大な第12地区を管轄する。シリコンバレーやシアトルといったハイテク拠点、ロサンゼルス港やロングビーチ港など重要な物流の要衝も抱え、過去の総裁には前米連邦準備制度理事会(FRB)議長のイエレン財務長官も名を連ねる。
率直な発言が持ち味のメアリー・デイリー現総裁は、連邦公開市場委員会(FOMC)内では成長重視の「ハト派」の論客だ。いや「論客だった」というのが正しいかもしれない。デイリー氏の発言を丁寧に追えば、インフレ高進への対応にFRBのスタンスが急転換した様を見て取れる。
◇力強い経済踏まえ
デイリー総裁は11月9日の会合ではまだ、「(供給問題などは)2022年も十分続く可能性がある。来年の夏頃には、うまくいけばいくらかはっきりする」と述べ、忍耐強く雇用の回復を待つ姿勢を堅持していた。その後、10月の消費者物価指数(CPI)上昇率が前年同月比6.2%と、「目が飛び出るほど」(デイリー氏)の水準に跳ね上がったことが分かった。
ただ、この数字を受けてもデイリー氏は当初、量的金融緩和策の縮小ペース加速や利上げ前倒しの検討は「時期尚早」(11月10日、ブルームバーグテレビとのインタビュー)とし、インフレ高進は「一時的」との見解を変えなかった。
翌週16日の講演では、「予防的な利上げはただではなく、あらゆる保険と同様、コストがかかる」と指摘。「異例の不透明感に直面する中、最善の政策は待つことだ。難しいだろうが、忍耐強さこそ最も勇気ある行動になる」と強調した。
ところがその直後、デイリー氏は軌道修正に動く。感謝祭前日の11月24日、金融メディアとのインタビューで物価高止まりと雇用改善が続けば「量的緩和縮小ペースの加速を完全に支持する」と発言。「22年末に事実上のゼロ金利から利上げする意向に傾いている」と明言した。
◇IMFのお墨付き
デイリー氏はこのインタビューで「経済の基調的な勢いは非常に強い。(エンジンの)多くのシリンダーに火が入っているようだ」と語った。6%超のインフレ率だけでなく、小売売上高を含めた消費関連や、順調に改善している週間失業保険申請件数といった労働市場関連の指標の強さも踏まえたシフトだったのだろう。
極め付きは12月2日のオンライン会合だ。デイリー氏は「想定より早めの量的緩和縮小と、余分な金融緩和の一部抑制、さらに少なくとも利上げ計画の策定開始を行う必要があるようだ」と表明した。
また、目標の2%を超過するインフレへの対処こそ「(FRBの)仕事だ」と断言。「市場が織り込んでいるように、22年内に若干多くの利上げを想定し得る」とまで語った。「タカのメアリー」が誕生した瞬間だ。
強い経済成長と旺盛な需要、労働市場の逼迫(ひっぱく)、そして物価高騰を受けたFRBのタカ派路線は、国際通貨基金(IMF)も「お墨付き」を与えている。
IMFのゴピナート調査局長兼主任エコノミストとエイドリアン金融資本市場局長は12月3日付の連名のブログ寄稿で、米経済の強さを考慮すれば「FRBが量的緩和縮小ペースを加速し、利上げを前倒しするのは適切」と認めた。
◇オミクロンでも利上げ?
問題は新型コロナウイルスの「オミクロン株」をめぐるリスクだろう。ゴピナート氏らは「オミクロン株を含めた、非常に高い不透明感を踏まえ、政策当局者は必要なら軌道修正に備える必要がある」と訴えた。
しかし、デイリー氏の変身ぶりを見るにつけ、オミクロン株の感染者数が少々増えても、FRBはぐらつき始めているインフレ期待を固定させるため、利上げ路線を推し進めるのではないか。
12月10日に公表される11月のCPI上昇率が再び「目が飛び出る」数字となれば、なおさらだ。ちなみにロイター通信の市場予想は6.7%となっている。
オミクロン株のリスク具現でも止まらぬ物価高により、想定以上の利上げに追い込まれる事態となれば、程度の差こそあれ、1970年代末から80年にかけてのボルカー元FRB議長による大幅利上げを想起してしまう。
それはFRBにとって最悪のシナリオだろう。デイリー氏は「70年代とは違う。FRBは今、発表される指標により敏感で、事が起きてから対応していない」と強調するのだが。(了)