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〔特派員リポート〕最低所得保障、米自治体にじわり=コロナ禍で導入探る動き

2021年03月10日 10時48分

マイケル・タブス氏(AFP時事)マイケル・タブス氏(AFP時事)

 新型コロナウイルスの流行で収入の道を断たれる人が増える中、貧困解消の手段として、一定額の現金を継続的に支給する最低所得保障(ベーシックインカム)が注目されている。米西部カリフォルニア州ストックトンでは住民125人に一律月500ドル(約6万3000円)を2年間支給する実証実験が終了。導入を探る動きは他の自治体にも広がっている。

 ◇「財政ワクチン」

 ストックトンの実験は2019年2月、当時のマイケル・タブス市長(民主)の主導で始まった。市民の中央値に当たる年収4万6033ドル以下の成人を抽出。銀行口座を持てない層がいることを踏まえプリペイド式のデビットカードで支給し、支出状況や生活の変化を追跡調査した。

 このほど公表された前半1年分の調査によると、月平均で支給された額の約37%が食料品、約23%が衣料や雑貨などの購入に充てられ、約11%が公共料金の支払いに回った。酒やたばこの購入に使われたのは1%以下だった。

 実験開始当初に28%だった常勤雇用の労働者の割合は1年後に40%に上昇した。タブス前市長は今月3日のオンライン記者会見で「所得保障によって人々は働かなくなるどころか、より働くようになる」と有効性を強調した。

 収入が安定し、突然の出費に備えることができるようになったことで精神衛生が改善する効果もみられたという。実験に携わった研究者は、所得保障をパンデミックによる経済危機に対する「財政的なワクチン」と表現する。コロナの流行に伴う経済ショックが顕在化した後半1年分の調査は1年後に公表する予定だ。

 ◇IT業界から支持も

 タブス氏は昨年の選挙で落選したが、同年6月に立ち上げた「最低所得保障のための市長連合」には、これまでにロサンゼルスやアトランタなどの大都市を含む40人の市長が参加。ミネソタ州セントポールやバージニア州リッチモンド、カリフォルニア州コンプトンでは同様の実証実験が既に始まっているという。

 経済の機械化・無人化によって人間の仕事が奪われる可能性が議論されてきたIT業界からも支持する声が上がる。短文投稿サイトを運営するツイッター創業者のジャック・ドーシー最高経営責任者(CEO)は、計1800万ドルを市長連合に寄付。電気自動車メーカー、テスラのイーロン・マスクCEOも所得保障への賛意を表明している。

 昨年の大統領選で民主党候補指名を争い、今年11月のニューヨーク市長選への出馬を目指す台湾系実業家アンドルー・ヤン氏も所得保障の熱心な提唱者として知られる。大統領選の指名争いでは、成人1人につき月1000ドルを支給する構想を掲げたが、当時は実現可能性のある政策として受け入れられなかった。

 しかし、米国ではコロナ禍で3度目となる現金給付が月内に実現する見通しで、もはや所得保障が絵空事とはみなされなくなりつつある。自治体レベルの動きが加速すれば、社会主義的な政策が忌避される米国でも大きなうねりとなる可能性がありそうだ。(シリコンバレー支局 織田晋太郎)

〔特派員リポート〕について
米国や欧州、アジアなど世界各地で取材する時事通信特派員による海外諸国のホットなテーマを紹介する記事です。ほぼ毎営業日に配信しています。

 

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