資産形成とは、金融教育の在り方は=15のアイデア-投信協会研究会(下)
2021年05月31日 15時09分
投資信託協会の有識者研究会は、31日公表した報告書「2041年、資産形成をすべての人に」で、研究員らがまとめた「資産形成を普及させる15のアイデア」を紹介している。(1)考え方(2)教育(3)相談(4)その他-に分けて、そのポイントを抜粋した。
◆金融商品を通じて、自分と世の中を共に豊かにする=加藤氏<考え方>
加藤航介氏(インベスコ・アセット・マネジメント)= 資産形成と聞くと「どの金融商品を買うべきなのか?」と考えてしまいがちだが、それは資産形成の出発点として正しくない。(給与や年金にひもづく)人的資産と金融資産を合算した「真のポートフォリオ」が、国内と海外にどのように分散されているかを考えることが、最初のステップになる。
これからの資産形成においては、世界経済と共に歩みながら、世界の大きな富を自身に取り込んでいくこと、つまり海外投資を当たり前の状態にしておくことが求められている。長期の利回り目標として、「世界の1人当たり名目GDP(国内総生産)の長期の成長率」を意識しておくこと、つまり、世界の人々の生活水準への意識が大切だ。
金融商品への投資とは、単にお金をもうけることではない。お金の社会参加を実現し、個人と社会との結びつきを強め、両者を共に豊かにしていく活動だ。例えば、株式投資は、社会に豊かさをもたらす新しい活動の「応援」や、大企業が既存の社会の富を効率的に使っているのか「モニタリング」を行う仕組みだ。
◆“長期・分散・積み立て”を推奨する=前山氏<考え方>
前山裕亮氏(ニッセイ基礎研究所 准主任研究員)=資産形成においては、「収入」に対して「支出」を管理し「貯蓄」していくことが、何より重要だが、貯蓄だけで資産形成するのには、やはり限界がある。資産運用することで、資産を少しでも増やすことができれば、資産形成の大きな助けになる。
いかに上手に「(株式などの)リスク性資産」を組み入れて資産運用を行うかが重要になるが、失敗しにくい方法として“長期・分散・積み立て”投資を、多くの方々に強く推奨したい。
リスク性資産は、その資産が生む経済的な収益による価格上昇が期待でき、長期になればなるほど、その収益性が蓄積され、プラスの収益を得られる可能性が大きくなる。また、投資先を分散させて幅広い企業や地域、つまり世界の成長を享受できるようなリスク性資産に長期投資することによって、当たり外れを小さくできる。
機械的に毎月の決まった日に定期的に定額を投資する積み立て投資だと、投資するタイミングを考える必要がなくなり、誰でも簡単に実行することができる。一度、積み立て投資の設定さえすれば手間がかからず、日々のリスク性資産の価格変動を過度に意識する必要もなくなる。最近は個人型確定拠出年金(iDeCo)や少額投資非課税制度(NISA)など積み立て投資を支援する税制優遇制度が充実してきている。
◆二十歳になったら1万円=投信協会<考え方>
投資信託協会広報部調査広報室=わが国には「w20歳になったら国民年金」というフレーズがある。これに並列して「二十歳(はたち)になったら1万円」というキャッチフレーズを掲げ、毎月拠出できる程度の額の長期積み立て投資を促したい。
(過去データを使ってシミュレーションしたところ)年代に応じて積立額を増額しながら、長期の国際分散投資を行うことによって、目標となるような資産を形成することは決して不可能ではなく、少なくとも拠出額を大きく下回ることになる確率はかなり低いと考えられる。少額でも、できるだけ若い時から積み立て投資を始めた方が資産を形成しやすい。
30歳以上になってから国際分散積み立て投資を始める場合には、同時に既に保有している金融資産の配分の見直しを検討することも必要だろう。
◆なるべく早い時期に積み立てをスタート=大庭氏<考え方>
大庭昭彦氏(野村証券金融工学研究センター エグゼクティブディレクター)=人生には、お金が足りない時と余分な時がある。従って、個人の最適資産運用の理論は、「余分な時のお金を、足りない時のためにいかに増やしておくか」という理論になる。生涯に受け取る収入の現在価値のことを「人的資本」と呼ぶので、これは人的資本を考慮した最適資産運用の理論だとも言える。
米国のアドバイザーの助言の中で、最も重要なものの一つに「なるべく早い時期での投資のスタート」がある。特に自動的に継続する積み立てタイプのものが望ましい。その時、どれくらいのリスク資産比率が適切なのか。彼らの使う経験則で最も有名なものは「100-年齢」(%)というものだ。50歳であれば50%、30歳であれば70%と、若いほど多くをリスク資産に投資することになる。
人生100年とも呼ばれる長寿の時代では、ライフサイクルを考慮した最適資産運用の理論こそが、「積み立て投資をスタートするのは、早ければ早いほど良い」ということの合理的な根拠である。
◆投資方針を立てて確認しよう=竹川氏<考え方>
竹川美奈子氏(LIFE MAP合同会社 代表)=どうしたら、広く一般の投資家が「長期・分散・積み立て」投資によって、世界の成長の果実を受け取ることができるか。下がっても、上がっても、短期間で(投信を)解約する人が多いのは、基準価額の値動きに振り回されるためだ。
投信の価格変動に振り回されない方法としては、“投資部分だけ”ではなく、家計の資産全体を見る視点を持つことだ。例えば、年に1回、バランスシートを作ることで、投資している部分は金融資産の一部であることを実感することができる。定点観測して、リタイアまでに健全なバランスシート(負債ゼロ、金融資産を積み上げる)を作っていくイメージを持つとよいだろう。
また、「公的年金保険」と「退職給付制度(退職一時金・企業年金)」、「自分で準備する部分」をセットで考えることだ。多くの人は「自分で準備する部分」だけに目を向けがちだが、全体で殖やすという意識を持ちたい。
さらに、投資を始める際に「投資方針書」を作成しておき、不安になったときにはそれを読み返すと効果がある。投資方針書というと難しそうだが、要は「自分がどういう方針で運用するか」をまとめておくものだ。ひとりで作成するのが難しい場合には、アドバイザーに相談する際に一緒に作成するとよい。
◆生涯にわたって金融ケイパビリティを養う=伊藤氏<教育>
伊藤宏一氏(千葉商科大学人間社会学部 教授)=金融能力の形成の場は、まず学校教育だが、それに限られない。基本的な金融能力の形成は小学校・中学校における学校教育や家庭教育で行われるべきであり、18歳成人を念頭に置くと、高等学校・大学における金融能力形成は重要な役割を果たす。しかし、社会人になってからも、リカレント教育(学び直し)としての金融教育で金融知識を学び、ファイナンシャル・プランナー(FP)資格取得により、生活設計と資金計画を立てて金融コンピテンシー(優れた行動特性)を磨き、家計簿アプリで家計管理をし、FPに金融相談を行い、投資非課税制度で積み立て投資をしていく、という形で金融ケイパビリティ(能力)を養うことは重要である。
◆フィンテックで実践が容易に=佐川氏<教育>
佐川あぐり氏(大和総研 研究員)=特に大学生に対する金融教育を普及・浸透させていくべきだろう。20歳になれば国民年金に加入し、個人型確定拠出年金(iDeCo)や「つみたてNISA(少額投資非課税制度)」を利用できるようになる。こうしたタイミングで、ねんきんネットを活用したり、シミュレーションとしてiDeCoや「つみたてNISA」で運用商品を選択したりする内容を講義に取り入れれば、「自分ごと」として意識する学生が増えてくるように思われる。
近年はフィンテックと呼ばれる金融技術の革新にともない、新しい金融サービスが誕生している。例えば、自動家計簿サービスの普及により、日々の支出、銀行預金の入出金などのお金の動きをアプリ一つで手軽に管理できるようになった。また、フィンテックの活用でスマホと少額の資金だけで投資を始められるようになった。投資信託や上場投信(ETF)に疑似的に投資できるポイント投資などは、投資初心者が手軽に資産運用を始められるサービスとして、すでに若い世代を中心に広がりを見ている。フィンテックの活用によって、金融教育で学んだことが実践しやすくなっている。
◆学校の場で金融教育の拡大=神山氏<教育>
神山哲也氏(野村資本市場研究所 主任研究員)=英国の学校カリキュラムにおける金融教育と、金融教育の公的機関であるMASについて紹介した。日本においても草の根レベルから金融リテラシーを高めるには、学校教育の現場で金融について学ぶ機会を拡充することが重要になると思われる。日本では、2022年度から始まる高校の学習指導要領において、公民科を家庭科で資産運用や金融商品等について扱うこととなったが、さらなる拡充を図るには、例えば英国のように、中等教育の段階で算数等に織り交ぜることも考えられよう。
また、金融教育に関する包括的な組織も検討に値しよう。特にMASのコンテンツにおいて、初心者にも専門家にも対応でき、また、具体的なアクションに結び付くように設計されているところは、大いに参考になるものと考えられる。
もっとも、金融教育だけで現状が大きく変わることは期待できず、金融商品・サービスの一層の改善・高度化を図るのはもちろん、(行動経済学の観点から適切な行動を後押しする)ナッジと組み合わせることにより、金融教育で得た情報・知識を実践につなげる仕組みを作る必要があろう。
◆情報提供も「長期・分散・継続」が大切=大江氏<教育>
大江加代氏(オフィス・リベルタス 取締役)=確定拠出年金(DC)は、2001年に施行され、今年は20周年を迎える。20年かけて企業型DCの現場で、加入者に伝えるために磨かれてきたノウハウは、現在、初めて投資信託の積み立てをする人たちへの情報提供にも生かされている。
投資初心者に1回ですべてのことを伝えることは難しい。1回の情報量は絞り、その人のステージに合った情報を、適宜適切なタイミングに時間を分散し、継続的に実施することが望まれる。また、公的な機関が実施する金融教育は、人的・資金的な制約がある先を優先することが必要だろう。
さらに、金融教育の中に、公助・共助の仕組みやそのレベルなど、社会保障に対する正しい知識は不可欠である。このほか、情報提供の改善を図るためにデータの整備も必要だろう。マーケット急変時に、DCや「つみたてNISA」の加入者がどのような行動をとったのか、というような情報は、加入者に何が理解され、どういった情報を伝えていかなければならないか、ということを考える上で貴重な情報となる。
◆マネープランを立てよう=金子氏<相談>
金子久氏(野村総合研究所 上級研究員)=マネープランを作成することが重要である。マネープランとは、将来的に可能性のある人生のイベントを考慮して、家計の収入・支出および資産・負債のシミュレーションを行い、お金のため方や使い方を練る計画のことだ。マネープランを考えることにより、三つの効果が期待できる。
一つは、長期間運用可能な資金がどの程度あるのか明確になるため、投資可能な資金を投資に向かわせる可能性がある。二つ目は、マネープランで検討した長期運用方針に従って運用することで、近視眼的な投資行動が原因で、相場が急落・急上昇した場合に、ろうばい売りや高値づかみを防ぎ、投資リターンの低下を防ぐことができる。三つ目は、高齢世帯がマネープランに従い計画的な取り崩しを行うことにより、必要以上に切り詰めた生活を送らずに済む可能性がある。
金融機関や専業のファイナンシャル・プランナーがマネープランを作成するための簡単な個別相談(ガイダンス)を行っていることを、もっと積極的に訴え掛けるべきだ。業界が一丸となってキャンペーンを展開するのが望ましい。
また、一般企業が従業員向けに行う退職準備研修や資産形成に関する研修にも連携させるべきだ。このような研修を行う企業では、個別相談などのニーズに応えたくても対応する人員の準備が難しい。金融商品販売に結び付けないこと等が保証されているのであれば、金融機関等に協力を要請する企業も多いはずだ。また、公的な組織による助成措置も望まれる。
◆お金の不安解消に3ステップ=瀧氏<相談>
瀧俊雄氏(マネーフォワード 執行役員CoPA、マネーフォワードFintech 研究所長)=ある人が「お金の不安」を感知し、それを解消していくプロセスでは、自分の立ち位置を把握し、将来何が必要かを規模感として理解した上で、家計の強じん化と投資リターンを得られる生活を開始することが、重要と考えられる。
これに対応する分かりやすいサービスとしては(1)自動化された家計簿サービスを利用する(2)自らのライフプランニングを実施する(3)給与引き落とし型の積み立て投資を開始する-という3ステップが考えられる。
「積み立て投資の意識がありながら口座開設に至っていない割合」を定点観測しつつ、その要因分析を可能な限り行っていくことは極めて重要だ。その際、フィンテックが注目される中にあっても、対面イベントや職域チャンネルといった、締め切り効果や行動変容を促しやすい場の設定が重要になるのではないだろうか。
お金の不安は、社会・経済環境の変化とともに顕在化してきた。中でも避けて通れない議論が、どのような人でも有している、所得を得つづける能力(ここでは人的資本と呼ぶ)に関する変化ではないだろうか。人的資本を理解し、より健康に意欲をもって臨める仕事を維持し続けることに、ファイナンシャル・アドバイスもより踏み込んでいく余地があるのではないだろうか。
◆米国でターゲット・イヤー・ファンドに新潮流=後藤氏<その他>
後藤順一郎氏(アライアンス・バーンスタイン AB未来総研所長 兼DC・NISA推進室長)=米国では(年齢に応じて資産配分を変更してくれる)ターゲット・デート・ファンド(TDF)が、確定拠出年金において主要な役割を果たしてきた。10年くらい前から、TDFに終身の給付保証機能(ライフタイム・インカム)を付与したファンドが登場している。投資に関心のない人には、こうした商品を提供することも検討してはどうか。
◆日銀保有のETFで投資家を拡大=野尻氏<その他>
野尻哲史氏(フィンウェル研究所 代表)=金融緩和政策の一環で日本銀行が2010年12月から始めた市場からの上場投信(ETF)の買い上げは、21年3月までの累計で簿価36.6兆円、時価評価では50兆円以上と言われる。
日銀が保有するETFを直接市場に放出せず、簿価で個人に売却することはできないだろうか。非課税口座で退職まで売却できないものとすれば、市場への放出は20年、30年といった時間をかけて行うことになり市場の波乱要因にはなりにくい。さらに、個人は簿価で購入するため、購入時点で時価との差額がすでに利益と認識できる。一段と非課税口座の保有希望者が増える可能性も出てこよう。
その実現可能性を探るため、先行事例として、1980年代の英国で、国営企業の民営化が推し進められた際に導入された個人株式非課税口座(REPs)を分析した。
◆ナッジで、より良い選択を促す工夫=小林氏<その他>
小林庸平氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 主任研究員)=合理的に考えれば望ましいと思われる行動であっても、人間はそうした行動をとれないケースが多いことを、心理学や行動経済学は数多く明らかにしてきた。特に資産形成の場合、意思決定に至るまでに数多くの心理的・行動経済的なボトルネックがある。
そうした中で徐々に活用が進んでいるのが、ナッジである。ナッジとは、本来は「肘(ひじ)でつつく」という意味の英語だが、そこから転じて、人間の心理学的・行動経済学的特性を踏まえて、人々により良い選択を促す工夫という意味で使われている。資産形成の促進においても利用されることが多いものに、「デフォルトを変えるナッジ」と「情報の提供方法を変えるナッジ」がある。
◆ESG投資、相性の良いチャンネルで促進を=後藤氏<その他>
後藤順一郎氏(アライアンス・バーンスタイン AB未来総研所長 兼DC・NISA推進室長)=昨今、日本の投資信託業界において、ESG(環境・社会・ガバナンス)に配慮した商品が設定され始め、多額の資金を集めている。顧客本位の業務運営の中で、商品面での議論に加えて、ESG投資の不適切な販売方法などもモニタリングすべきではないかと考える。また、販売チャンネルの特性を見極め、ESG投資と相性の良いチャンネルにおいて、ESG投資を促しても良いのではないか。例えば、長期投資のための制度であるDCや「つみたてNISA」では、ESG投資の活用をもっと議論しても良いかもしれない。