企業の体質改善、経済安全保障が追い風に=日本株の現状と見通し-三菱UFJアセットの石金氏に聞く
2024年08月06日 18時00分
6日の東京株式市場は大幅反発して始まった。三菱UFJアセットマネジメントの石金淳のチーフファンドマネジャーに、過去最大の下落幅となった2024年8月5日までのマーケットの要因や、今後の見通し、個人投資家へのアドバイスを聞いた。
◆AI・半導体株、金融政策、米国景気
-5日の日本株の下落要因は
石金氏 要因の1点目は、AI・半導体関連株の調整だ。米国では同株が5月~6月に急上昇し、日本株市場でも同様の現象が起きていた。7月に入ると、バイデン政権が中国に対して半導体規制の強化を打ち出したことで米国のハイテク株が急落した。日本のハイテク株は、為替が円安から円高に転じたことも加わり、米国以上に大きく調整した。
2点目だが、日銀は7月31日に金融政策決定会合を開き、国債買い入れの減額に加えて、利上げを行った。過度な円高を抑制する狙いがあると思われるが、事前のマーケットの予想では、利上げは行わないとする見方が多かった。市場では、日本の景気は利上げを行うほど強くないと見ている参加者が多い。植田日銀総裁は、追加利上げに前向きな姿勢を示しており、こうしたことも嫌気された可能性がある。
3点目だが、米連邦準備制度理事会(FRB)は31日、連邦公開市場委員会(FOMC)を開き、パウエル議長は次回の9月会合で利下げを検討することを示唆した。これにより、米国は利下げに向かい、日本は利上げに前向きなことが明確になった。日米の金利差が市場の予想以上に早いペースで縮小するのではないかという懸念から、円が急反発した。これも、日本株を押し下げる要因になった。
4点目は、「米国の景気が大きく崩れるのではないか」という懸念が広がったことだ。全米供給管理協会(ISM)の製造業景況感指数や雇用統計が、市場の予想よりも悪化した。失業率や非農業部門雇用者数、平均時給が予想を下回ったことで、米国が本格的なリセッション(景気後退)に入るのではないかとする見方が浮上してきた。
◆調整進み、割安な水準に
-日本株の現状分析は
石金氏 これら4点が日本株を押し下げた要因だと考えているが、日本株の下落は行き過ぎだと考えている。
まず、AI・半導体関連株の調整は、相当程度進んだと見ている。米国のSOX指数(フィラデルフィア半導体株指数)を見ても25%近く調整した。日本のハイテク株も調整が進んだ。世界の半導体売上高は、前年比で15~20%伸びている。中長期的にもAI・半導体の需要は強いと予想しており、AI・半導体関連株がさらに大きく値下がりすることはないだろう。
次に金融政策だが、8月2日時点で、短期金利(2年国債)は日米間で3.5%の開きがある。長期金利(10年国債)は3%弱の開きがあり、まだまだその差は大きい。これだけ金利差があるのに、3週間程度で1ドル=160円台から同140円台まで20円近く調整した。一定程度、円安是正が進んだことで、日本株が売られる要素が薄れてきたと見ている。
4点目の米国経済の本格的なリセッション入りの懸念だが、例えば、雇用関連の指標の中でも、求人数は新型コロナ前の2018~19年の求人数を100万人程度上回っている。そのほかの米国の経済指標も全般的にまだら模様で、リセッション入りするとは思われない側面もある。
また、米国の消費者を苦しめていたインフレが低下している。インフレが低下すると、実質所得が伸び、消費が増加しやすくなる。実際の統計でも、インフレを除いた米国の実質消費は伸び率が上昇してきている。
一方、原油を含む国際商品市況が低下し、原材料の価格が下がってきている。日本では、円高による輸入コストの削減効果も加わり、ダブルで日本企業や家計のコストダウンにつながるだろう。
こうしたことを考えると、日本株の下落要因は、相当程度、織り込まれた。回復には少し時間がかかると思うが、押し目買いのレベルに入ってきていると考えている。
◆強化された経営体質、経済安全保障で高まる日本の役割
-日本株の中長期の見通しは
石金氏 日経平均株価は一時、バブル期の最高値(3万8915円)を超える水準まで上昇したが、再び市場がバブルの状況になっているとは考えていない。
例えば、バブル期の日本企業の経常利益は10兆円程度だったが、今1-3月期では28兆円を超えてきている。また、日本企業はここ10年で、営業外利益が黒字になり、経常利益の4分の1を占めるなど、体質が非常に強くなった。さらに、海外への直接投資を増やしており、日本企業は内需だけでなく、海外市場の成長を十分に吸収できる体質になった。
国際情勢をみると、米中対立が明確になっている。日本経済にとっては、プラスの側面もあると考えている。これまで半導体の生産拠点は、日本から、台湾や韓国、中国に移ってきた。しかし、経済安全保障の観点から、日本が半導体の生産拠点として、注目されてきている。日本には、半導体の素材や装置を製造するメーカーがそろっていることも、有利に働く。
さらに、東証の要請を受けて、日本企業は株価や資本効率を意識した経営を推進している。PBR(株価純資産倍率)を高めるため、内部留保を抑制し、成長投資や株主還元を重視する経営を推進している。
このところの日本株の下落は、目の前のマーケットだけを見ると、びっくりするような動きだった。しかし、日本企業の体質改善や地政学上の変化を考えると、このように下げた局面は、ゆっくりと押し目買いをするチャンスと言えるだろう。
◆「積み立て投資」で効率的に資産形成
-投資家へのアドバイスは
石金氏 日本の株式市場は、日経平均株価が3週間で1万円以上も下落する厳しい局面だった。株式投資をやめたいと思った人もいるだろう。ただ、それは、もったいないことだと考えている。
むしろ、マーケットが調整され、バリュエーションは割安圏に戻ってきた。長期投資の視点でみると「あの時に日本株を購入しておいて良かったな」と思える株価水準に来ていると思う。
少額投資非課税制度(NISA)の「つみたて投資枠」は、毎月定額を積み立て投資するので、相場の高い時は量を少なく、今のように相場が急落した局面では相対的に量を多く購入できる。結果として平均購入コストが低下するので、長い目でみると非常に効率的な投資スタイルだ。
そうした観点から見ても、NISAの「成長投資枠」で一括投資する人だけでなく、「つみたて投資枠」で積み立て投資を始める人にとっても、現在のマーケット環境は、長い目で見て、「投資をスタートするチャンス」と言えるだろう。
投資初心者にとって、分かりやすさという点では、日本株の代表的な指数である東証株価指数(TOPIX)や日経平均株価が優れていると思う。中長期で海外株との比較感からの日本株投資の魅力度が増している状況は変わっておらず、引き続き「長期・積み立て・分散投資」の観点で一層の分散の選択肢が増えている状況であり日本株投資を見直す良い機会かもしれない。
もちろん、海外株への投資も有効とみる。米国のAI関連等の技術革新やアジア中心に新興国の経済の高成長持続などを鑑みると、日本株だけでなく海外株にも引き続き目を向けたいと考える。
多くの個人投資家は、「それほど高いリターンは望まないが、値下がりリスクを抑えたい」と考えているのではないだろうか。「自分はどれくらの価格変動を許容できるか」を考えた上で、投資する資産クラスを選ぶのが良いだろう。株式や債券など複数の資産に分散投資したり、これらを組み合わせたバランス型の投資信託を選択肢に入れて検討するのは、どうだろうか。