eMAXIS Slim、市場・商品・情報で革命を起こす=日本初の巨大ファンドはどのように生まれ育ったか-三菱UFJアセットの代田常務に聞く
2024年07月05日 08時00分
三菱UFJアセットマネジメントが運用するインデックスファンド「eMAXIS Slim(イーマクシス スリム)」シリーズは6月、運用残高が11兆円を超えた。1月にスタートした新NISA(少額投資非課税制度)を通じて資金流入が継続しており、堅調な株価や円安を背景に、現在も1カ月で1兆円という驚異のペースで拡大している。こうした巨大ファンドは日本で初めてだ。
このファンドは、どのように生まれ育ったのだろうか。筆者は、インデックスファンドを個人の資産運用の中核商品にした「市場革命」、業界最低水準の運用コストをめざし続けるという新発想の「商品革命」、運用会社が投資家と直接対話する「情報革命」の三つが、このシリーズを巨大ファンドに育て上げたのではないかと考えた。同社の代田秀雄常務取締役に話を聞いた。
◆積立投資のお客さまを増やす
-「eMAXIS Slim」を新設した狙いは。
代田常務 「eMAXIS Slim」シリーズは2017年2月に、低コストのノーロード・インデックスファンド・シリーズとして、国内と先進国の株式・債券という伝統4資産のインデックスを参照する4ファンドでスタートした。18年1月に「つみたてNISA」が創設される約1年前のことだ。
新シリーズを誕生させるに当たって「積立投資をするお客さまをしっかり増やしていきたい」と考えた。金額を追いかけるよりも、積立件数を増やすことをめざした。
積立投資の資金は、タイミングを見て売買するスポット投資の資金と異なり、1件1件の金額は小さくても、解約されにくい「粘着性」の高い資金だ。投資期間は、20年、30年と長期にわたる。積立投資のお客さまをしっかり増やすことができれば、ファンドの運用残高を中長期に安定的に伸ばすことができるだろうと予想した。
こうした特性を持った資金なので、ファンドの信託報酬率を低く設定しても、中長期的に残高が増えれば、当社が受け取る報酬を増やすことができると考えた。
◆インデックスファンドは「資産運用の社会基盤」
代田常務 「eMAXIS Slim」シリーズをスタートした当時、インデックスファンドの認知度は低かった。投資信託協会によると、2017年3月末のインデックスファンド(除くETF)の本数の割合は13.0%と1割程度にとどまっていた。2024年3月末では31.4%に上昇している
私たちは「インデックスファンドは資産運用の社会基盤だ」と考えている。特に、これから投資を始める人にとって、アクティブファンドでスタートするよりも、「最初の1歩」としてインデックスファンドを選択することは、合理性が高い。
インデックスファンドは、市場リスクだけを取る商品設計になっている。一方、アクティブファンドは、市場リスクに加えて、銘柄選定のリスクを取る。投資初心者は運用が芳しくないときに、市場リスクの問題なのか、銘柄選定の問題なのか、なかなか整理できないだろう。
インデックスファンドなら「市場がこう動いているから、自分が投資しているインデックスファンドもこうしたパフォーマンスになっている」と分かりやすい。初心者がインデックスファンドを通じて経験を積み、市場リスクがどのようなものかを理解した上で、次のステップとして、銘柄選定のリスクを取るアクティブファンドを選択するようになることが、日本で投資家の裾野を広げていく「王道」になるだろうと考えた。
◆究極の価格競争に備える
-「eMAXIS Slim」の誕生までの道のりは。
代田常務 当社は2008年2月に、インデックスに連動した投資成果をめざす上場投資信託(ETF)の「MAXIS(マクシス)」シリーズをスタートした。ETFは証券会社で取り扱う商品だ。「最高(MAX)の品質」と「お客さまの投資の中心軸(AMIS)」をめざすという想いを込めて命名した。
次いで、銀行と証券の両方で販売できるインデックスファンド「eMAXIS(イーマクシス)」シリーズの設定を2009年10月に始めた。インターネットでの販売を想定し、国内物の信託報酬率を年率0.4%(税抜き)、海外物を同0.6%(税抜き)と、当時としてはそれぞれ最安水準に設定した。
ただ、販売会社が広がる中で、金融機関の店頭で対面販売されたり、投資一任勘定(ラップ運用)に組み入れられたり、いろいろな使い方をされるようになった。また、信託報酬率の引き下げ競争が始まり、「eMAXIS」シリーズの手数料は必ずしも最安ではなくなった。
こうした中で、当社は「次に起こりうる究極の価格競争」に備えて、2017年2月に「eMAXIS Slim」シリーズを誕生させた。「究極の価格競争ができる新シリーズを作らなければ、生き残っていくことはできない」と考えたためだ。
「eMAXIS Slim」シリーズは、販売方法をインターネットに限定した。また、交付目論見書や運用報告書等の資料は紙媒体に印刷せず、ネット交付に絞り込み、徹底的にコストを削減した。もし、販売時に紙の交付目論見書を手渡したり、運用報告書を年2回印刷して切手(10月から110円に引き上げ)を貼って郵送したりしていたら、年率0.1%(残高100万円当たり年間1000円)を下回る信託報酬では、とても実現できない。
一方で、店頭販売向けのインデックスファンド・シリーズとして、2017年8月に「つみたてんとう」シリーズを立ち上げた。サービスに合った適切な信託報酬をいただき、店頭で販売員が分かりやすい販売用資料を使って積立投資の考え方やファンドの内容を説明し、紙媒体に印刷された交付目論見書をお渡しする。また郵送で年2回、運用報告書をお送りする。店頭に来ていただければ、いつもでお客さまの質問にお答えする。このように、販売チャンネルに合わせてファンドシリーズを整理した。
◆迷うことなく長期投資を続けるために
-「業界最低水準の運用コストをめざし続ける」のコンセプトが生まれた経緯は。
代田常務 積立投資を実践するお客さまには、20年、30年という長期にわたって、同じファンドを定時定額で継続的にご購入いただくことになる。そうした中で、「積立投資をスタートしたときはこのファンドが最安の信託報酬だったが、しばらくしたらもっと安いファンドが出てきた」としたら、お客さまは「自分の商品選択が間違っていたのではないか」と後悔し、「これからどうしようか」と迷うことだろう。
「eMAXIS Slim」シリーズは、仮にさらにコストが安いファンドが出てきても、お客さまにストレスを与えることがないように「業界最低水準の運用コストを将来にわたってめざし続ける」と宣言した。長期投資を推奨している以上、投資家の皆さまに悔いなく、長期投資を実践していただくために、とても重要なことだと考えている。
◆規模拡大を一緒に喜べる仕組み
-「受益者還元型信託報酬」の狙いは。
代田常務 「eMAXIS Slim」シリーズは、「ファンドの純資産総額がここまで増えたら、それ以上の資産に対する信託報酬はこの水準に引き下げます」と事前に決め、マトリクス(一覧表)に整理して、目論見書に掲載している。現に、純資産総額が基準を超えたことで、信託報酬を引き下げているファンドが、多数ある。
この仕組みを導入したのは、「ファンドの規模が大きくなることを、お客さまと運用会社が一緒に喜べる仕組みをファンドの中に組み入れたい」と考えたためだ。
運用会社はファンドの規模が大きくなれば、それに応じて受け取る信託報酬が増加する。お客さまも、ファンドが大きくなると信託報酬率を引き下げることが決まっているので、規模拡大をお客さま自身のメリットとして喜んでいただける。
お客さまと運用会社が目標を共有して、それに向かって一緒に歩んでいくことができるというコンセプトになっている。お客さまと運用会社は「同じ船に乗っている仲間だ」と表現されることがある。その精神をファンドの設計の中に組み入れた。
インデックスファンドは、優勝劣敗が明確な、とても厳しい市場だ。投資成果をインデックスに連動させるという運用の部分では差別化しにくい商品なので、「何をお客さまに訴えるか」がポイントになる。「お客さまに一番支持されるように、徹底的にやろう」という思いがあった。
◆ファンドの持続可能性をチェック
-競合ファンドとの信託報酬引き下げで議論は。
代田常務 「eMAXIS Slim」シリーズのコンセプトが「業界最低水準の運用コストを将来にわたってめざし続ける」なので、競合ファンドが信託報酬率を引き下げれば、基本的に引き下げてきた。このコンセプトが、改めて議論になることはなかった。
ただ、「引き下げたことで赤字になるような、サステナブル(持続可能)でない水準の引き下げはできない」ということで、引き下げに当たっては、「将来的に収益を確保できるかどうか」という確認をきちんと行ってきた。また、ファンドの運用コストをさらに引き下げるため、さまざまな工夫を継続的に実施している。
ここまでの動きをたどってみると、信託報酬の引き下げテンポも速かったが、「eMAXIS Slim」シリーズの成長スピードも速く、しっかりと残高を積み上げてきたので、将来的に収益を確保できるという判断の下で、ビジネスを続けることができている。
◆ブロガーミーティングを開催、オルカン誕生のきっかけに
-個人投資家との対話はいつスタートしたのか。
代田常務 運用会社は長年にわたって、銀行や証券など販売会社を通じて間接的に個人投資家と接してきた。銀行や証券会社の窓口の販売員向けにセミナー等を開いて情報提供することが多く、運用会社が直接、個人投資家に接する機会は少なかった。
ただ当社は、2009年にインターネット用のインデックスファンドとして「eMAXIS」シリーズをスタートした頃から、インターネットで投資について情報発信するブロガーと意見交換する「ブロガーミーティング」を開催してきた。
「eMAXIS」は、当初ネット証券での販売を意図していた。ネット証券は、販売員がお客さまに働きかける「プッシュ型営業」ではなく、お客さま自身が自らファンド選択する「プル型営業」なので、投資家に直接意見を聞くことが必要だと考えた。
第1回のブロガーミーティングでは、「eMAXIS」シリーズのコンセプトを説明した。また、投資家の皆さんから「どういう商品を求めているか」「どういう説明をしたらいいか」といった点について、意見をいただいた。さまざまに気づかされることが多く、「ブロガーミーティング」は投資家との貴重な対話の場になっている。
例えば、「eMAXIS Slim」のラインアップに、日本を含む先進国と新興国の株式に投資する「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」が加わったのは、ブロガーミーティングで強い要望をいただいたことが、きっかけだ。
ブロガーミーティングは現在も継続して実施している。さらに、もっと幅広い方々と意見交換する場として「eMAXISオンライン ファンミーティング」を2021年から開催している。
投資家の皆さんに「多くの人が同じ船に乗っている」という安心感を持っていただくことは、とても大切なことだと思う。投資を途中で止めることなく、継続していく力になっていくだろう。この連帯感を大切に育てていきたい。
ブロガーミーティングは、投資家の皆さんにとって「当社がファンドのコンセプトを守って、持続的にファンドを運用しているか」を監視する場になっている。自分が出席できないときは、ほかのブロガーが見張っていてくれる。一方、私たちは「どんな社員が、どんな想いでファンドを作って、運用しているか」を繰り返し伝えている。
◆値下がり局面を支え合って乗り越える
-今後の重点施策は。
代田常務 「eMAXIS Slim」シリーズを保有していただいている投資家は、株高と円安の両方の効果で、順調に資産形成が進んでいるように思う。ただ、20年、30年という長期にわたって資産形成を継続していく中では、相場が大きく下落する局面もあるだろう。
過去を振り返ると、2001年にITバブルが崩壊したときには、世界株式のインデックスである「MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス」は、崩壊前の半分ぐらいに値下がりした。2008年のリーマン・ショック時も2~3年かけて半分程度まで下落した。ただ、各国政府や中央銀行の対応で、経済とマーケットは時間をかけて回復し、中長期的には過去の高値を越える水準に上昇してきた。
マーケットが大きく下落する局面では、不安に思う人も多くいらっしゃると思うが、同じ船に乗っている仲間として「みんなでがんばり抜こう」という気持ちになって、投資を継続してもらう状態を作りたい。声をかけ合い、支え合うコミュニティーづくりをどんどんやって、みんなでつらい局面を乗り越えていけるようにしたい。
◆運用成果を消費することで日本経済が拡大
-投資信託の究極の目的は。
代田常務 資産運用する究極の目的は、単に財産を増やすことではなく、増やした財産を使って豊かな老後を実現したり、それぞれの夢をかなえたりすることだ。それによって、日本の個人消費が拡大し、実質GDP(国内総生産)の増加に寄与する。さらに、日本企業は業績を伸ばし、株価が上昇する。
お金を増やして終わりではなく、そのお金を使うことで、個人の幸せが高まり、日本のマクロ経済が拡大し、企業業績と株価を上昇させる。そうなれば、日本全体がハッピーになれると思う。