投資初心者が知っておきたい経済統計=財政・金融政策で重要な役割-バークレイズ証券の橋本氏に聞く
2024年06月13日 09時30分
バークレイズ証券エコノミストの橋本龍一郎氏に、投資初心者が知っておきたい経済統計の基礎知識を聞いた。
◆経済は生き物、統計は「鏡」
-経済統計とは。
橋本氏 経済は生き物であり、政治や国際情勢などの影響を受けながら、日々その姿を変えている。経済統計は、そのような経済の姿を映し出す「鏡」のような存在だ。政府・日銀は、経済統計を活用して財政・金融政策を決定しており、経済統計は日本経済の運営に重要な役割を果たしている。
◆ピースを組み立て、ストーリーを伝える
-エコノミストの仕事は。
橋本氏 日本経済という大きな物語を読み解くストーリーテラー(語り手)のような役割があるように思う。一つ一つの統計はパズルのピースのようなもので、それを組み立てて、全体像を作っていく。ただ、全てのピースがあるわけではないし、人によって組み合わせ方も違う。自分なりにデータを分析し、日本経済がどうなるか、財政・金融政策はどう動くかを考えている。
国内外の投資家やエコノミストとディスカッションする機会も多い。そうした中で、経済の見方をアップデートし、分析を深めている。
◆自分の生活とつながっている
-経済統計の面白さは。
橋本氏 経済統計の面白さは、深く見るほど、それぞれのデータには知りうる限界があり、それを補う方法をいろいろ工夫できることだ。例えば、消費動向を知ろうとすると、消費者サイドと提供者サイドの両面から光を当てて、それぞれのデータの癖のようなものにも注意しながら分析する。いろいろなデータを集めて、組み合わせて、日本経済の全体像をより正確にとらえようとすると、パズルのような楽しさがある。
経済統計やニュースが、自分の生活にどうかかわってくるか、考えると楽しいと思う。私は、例えばスーパーマーケットでの買い物では、妻に値上げした商品、値上げの幅や頻度の話を聞いて仕事に生かしている。社会や経済のつながりの中で、データの意味を考えると、いろいろ役立つのではないか。
私が統計や経済に興味を持ったのは、高校生のときだ。リーマン・ショックの後、住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置が拡充された。その時に、非課税枠内で購入できる低価格住宅の需要が増えると考え、住宅関連会社の株式を購入した。親にはお金を出せないと言われて、自分でアルバイトをして原資を作って投資をした。
◆GDP
-経済・景気の全体像を把握するには。
橋本氏 内閣府は、「四半期別GDP(国内総生産)速報」を、例えば「1-3月期」なら3月末から1カ月半後に1次速報値を、それから1カ月後に2次速報値をそれぞれ発表している。GDPは、「豊かさ」の尺度であり、一国経済の全体像を把握するのに最もふさわしい。
GDPは、一定期間(1年または四半期)に国内で新たに生み出された「付加価値」の総額を示す。内訳を見ると、個人消費がGDPの5~6割を占める。このほか、企業の設備投資や、医療費・介護費の保険給付分等の政府支出、公共投資、民間の住宅投資、輸出から輸入を差し引いた外需などで構成される。
GDPには、価格変動を含めた「名目GDP」と、価格変動を含めず算出量の変化のみを考慮した「実質GDP」がある。一般的に経済成長率という場合、実質GDPの増減率(季節調整済みの前期比または前期比年率)を指すことが多い。
名目GDPは、国際比較などで用いられる。2022年の名目GDPは、米国が首位で25兆4397億ドル、2位は中国で17兆9632億ドルとなり、日本は3位で4兆2601億ドルだった。ただ、日本の2023年の名目GDPは4兆2106億ドル(速報値)に低下、ドイツ(4兆4561億ドル)に抜かれ、世界4位になった。
◆短観
-企業のマインドを把握するには。
橋本氏 日本銀行は、「企業短期経済観測調査(日銀短観)」を、4月初旬、7月初旬、10月初旬、12月中旬に発表している。日本の経済統計の中で、市場関係者の注目度が最も高く、日本経済の先行きを占う上での重要な判断材料の一つだ。
ヘッドラインは、企業の景況感を示す「大企業(製造業・非製造業)の業況判断DI」だ。業況が「良い」の回答比率から「悪い」の回答比率を引いて指数化される。ゼロが景気の良しあしの境目となる。特に大企業の業況判断DIは、景気が山を越える数四半期前にピークを打つため、景気後退に先行性を有する。
短観の長所は、速報性、信頼性、汎用性の3点だ。1万社を超える幅広い企業を対象とし、回答率は毎回99%と驚異的な高さを誇る。さらに、設備投資や雇用など、質問のテーマが幅広く、さまざまな分析が可能だ。
◆貿易収支
-対外取引を把握するには。
橋本氏 財務省は、「財(goods)」に関する詳細を把握できる月次統計の「貿易統計」を翌月の20日前後に公表する。外需を示す重要な指標であり、速報性が高く、市場が最も注目する統計の一つだ。ヘッドラインは、貿易収支額と輸出入金額。
さらに財務省・日本銀行は、財とサービス双方の貿易を反映する「国際収支」を翌々月の上旬に発表する。一定の期間における、ある経済圏(国または地域)の居住者とそれ以外の経済圏の主体(非居住者)との間で行われた貿易から資本移動までの、あらゆる対外経済取引(フロー)を体系的に記録する統計だ。ヘッドラインは、経常収支額。
日本のサービス収支は2020年以降、悪化傾向に転じている。具体的には、訪日観光客の増加で旅行収支が改善し、自動車メーカーの海外移転で特許受取といった知的財産権等使用料が増加しているものの、企業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)や、動画配信サービスの定着といったコロナ禍以降の消費者の行動変化により、海外のIT企業へ支払う著作権等利用料などの「デジタル赤字」が拡大している。
◆実質消費支出
-消費動向を把握するには。
橋本氏 総務省がまとめる「家計調査」は、世帯の収入・支出動向を描写する統計であり、需要側の消費統計としては代表的な位置付けにある。全国約9000世帯(2人以上の世帯では約8000世帯)を無作為に抽出し、6カ月間(単身世代は3カ月間)全ての収入と支出を家計簿に記入してもらった記録を集計している。
ヘッドラインは、実質消費支出の前年同月比と前月比のデータだ。非常に細かい品目別の消費額が分かるなどデータが豊富だが、サンプル数の少なさに伴うバイアスの存在などから消費実態を適切に表しているか懸念する声もある。
一方、経済産業省は、供給側から消費を見る際の代表的な統計である「商業動態統計」をまとめており、卸売・小売業販売額の前年同月比と前月比を知ることができる。ただし、外食などのサービス業が対象外であることや、訪日外国人消費が含まれることから、国内家計の個人消費の動向を把握しようとする際には注意を要する。
◆失業率
-雇用動向を把握するには。
橋本氏 総務省は、失業率等をまとめた「労働力調査」を、翌月末前後に公表している。一方、厚生労働省は、有効求人倍率を含む「一般職業紹介状況」と、現金給与総額などの「毎月勤労統計」を発表している。これらが3大労働指標で、人々の生活実感と密接に関わるため、社会的な注目度は高い。
日本の労働市場は大きな転換点を迎えつつある。日本の生産年齢人口は1990年代央から持続的な減少トレンドに入った。一方で労働力人口は、女性や高齢者の労働参加を背景に増加を続けてきた。ただし、先行きの労働力人口は、徐々に増勢が鈍化していき、将来的には減少局面を迎える可能性が高い。こうした構造的な要因を背景に人手不足感は今後も強まることから、人材の繋留・獲得のための積極的な賃上げが一段と重要になると想定される。
春闘労使交渉(春闘)とは、賃上げや労働条件に関する企業経営者・労働組合間での交渉を指す。例年、1月下旬に経団連と連合の会長が会談し、本格スタートする。3月中旬には集中回答を迎え、最初の賃上げ率の集計結果も出そろう流れとなる。日本では企業間で横並び意識が強いため、春闘の決定は、未参加企業の賃上げ行動にも強いシグナル効果を持つ。
連合がまとめた2024年春闘の中間集計(第6回)は、基本給を底上げするベースアップと定期昇給を合わせた賃上げ率(加重平均)が5.08%と33年ぶりの高水準となった。政府は、物価上昇を上回る賃上げで消費が拡大し、経済が成長する好循環の実現を目指している。
日銀が想定している「物価と賃金の好循環」とは、物価上昇分を補充するために企業が賃金を引き上げ、さらに利幅を維持するために物価を上げるという循環が連関して起こることだ。緩やかに物価と賃金が連なって上昇するように、ノルム(社会通念)の変化を起こしていきたいと考えている。
ただ、賃金と物価の伸びが同率だと、実質的な賃金は変わらない。消費を増やすには、賃金を物価より高く上昇させる必要がある。政府の言う「実質賃金上昇率のプラス化」だ。実質賃金を持続的に引き上げていくためには労働生産性の向上が重要であり、企業は社員教育を充実させたり、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進したりしている。
◆CPI
-物価の動向を把握するには。
橋本氏 総務省は、「消費者物価指数(CPI)」を翌月の後半に公表している。CPIは、家計が購入する財やサービスの価格の平均的な水準を測定した物価指数で、「全国コアCPI(生鮮食品を除く総合)」の前年同月比のデータがヘッドラインだ。
CPIの調査対象は、総務省「家計調査」において世帯が購入する商品(財やサービス)のうち、支出額が多い582品目だ。例えば、鶏肉、カップ麺、アイスクリームなど身近な商品の小売価格から算出している。
日銀は、金融政策においてCPIを物価判断の最重要材料と位置付けている。2013年1月の金融政策決定会合で「物価安定の目標」を導入し「消費者物価の前年比上昇率で2%」とした。消費者物価が安定的に2%上昇を続ける環境下では、企業がイノベーション(技術革新)で良い製品を作って、少し高めの価格で商品を売り出したり、設備・研究開発に向けた投資や人件費を増やすなど、前向きな行動がしやすくなる。また、金融政策の観点でも、日銀は物価上昇率分だけ高めに設定することができるため、景気悪化時の金利引き下げ余地、いわゆる「のりしろ」を大きめに確保することができ、景気悪化に対する金融政策の対応力を高めることができる。
このほか、財務省が発行する物価連動国債は、CPIに連動する商品設計になっている。また、私たちが老後に受け取る国民年金や厚生年金は、物価変動に応じて実質的な給付水準の見直しを行っており、CPIを指数に採用している。