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企業年金、運用管理体制を強化=アセットオーナー・プリンシプルの実現で-ラッセルがカンファレンス

2025年12月05日 07時00分

 企業年金基金が、加入者の最善の利益を追求する行動原則「アセットオーナー・プリンシプル」の実現に向けて、運用管理体制を強化している。

 グローバルに資産運用、コンサルティング、ソリューション・サービスを提供している米系資産運用会社ラッセル・インベストメントはこのほど、年次のカンファレンスを開催した。この中で、三菱商事企業年金基金 自家運用執行理事(CIO)の田中亨氏は、国内初となる資産管理システム「エンハンスト・ポートフォリオ・インプリメンテーション(EPI、直投化一元管理プラットフォーム)」を導入した狙いや期待される効果について語った。

 また、ラッセル・インベストメント(豪州)マネージングディレクター 運用部 アジア太平洋ヘッドのアンドリュー・ピース氏は、「ニューノーマルの到来:AIの勝者と脅威、プライベート市場の成長、リスク管理と分散投資の重要性」をテーマに、中期の市場環境を分析した。

 さらに、ラッセル・インベストメント 執行役員 エグゼクティブ コンサルタント、トータル・ポートフォリオ・ソリューション本部長の金武伸治氏は、年金基金に実施した「運用体制アンケート調査」を紹介し、企業年金の課題と対策を分析した。主なポイントは以下の通り。

◆「Invest without boundaries」(投資の限界からの解放)

(山本氏)(山本氏)

山本圭志氏(ラッセル・インベストメント社長兼CEO) この1年間に、大きな変化があった。管理の面では、政府が昨年8月、「アセットオーナー・プリンシプル」を策定し、年金基金等が加入者の最善の利益を追求する行動原則が示された。一方で、金融庁は6月、「資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2025」を公表し、金融サービスを提供する運用会社等に対して、一段のレベルアップを促した。

 運用環境を振り返ると、株式市場は連日、高値付近にあり、非常に良い環境に見える。ただ、1年前と比較すると、地政学リスクの高まりや、AIの進展を背景とした企業競争力への影響や懸念が強まっている。インフレや社会的分断が深化している。さまざまなリスクが顕在化してきた。

 トランプ米大統領が相互関税政策を推進する一方で、米国の財政赤字がクローズアップされている。AIが進化し、業種間で成長の度合いにばらつきが出てきた。資産運用者は、国別配分やセクター管理の能力を、これまで以上に問われる時代になった。

 ラッセル・インベストメントは「Invest without boundaries」(投資の限界からの解放)を掲げており、お客さまとともに投資の限界を超えることを目指している。「コンサルティング」「運用」「執行」という三つのファンクションを使って、①世界中のすぐれた運用戦略へのアクセス ②コストの効率化 ③包括的なパフォーマンスとリスクの適時モニタリング機能などを提供していく。

◆ニューノーマル環境、AI、プライベート市場=「適応性」が重要に

(アンドリュー・ピース氏)(アンドリュー・ピース氏)

アンドリュー・ピース氏(ラッセル・インベストメント<豪州>マネージングディレクター 運用部 アジア太平洋ヘッド) 今後5~10年の資産運用において、私が特に重視している論点についてお話しする。

 一つ目は「ニューノーマル環境」だ。私たちは過去になかった変化を経験している。関税問題、政府債務、インフレ、地政学リスクというように、さまざまなマイナス要因が浮上している。一方で、AIが驚くほどのブームとなり、投資を加速させている。生産性の向上やGDP成長をもたらす力を持っている。今後、マクロ経済のマイナス要因とAIの明るい未来が、どのような形で展開していくのか、誰にも分からない。

 二つ目は「誰がAIの恩恵を享受するか」だ。投資の世界において、AIの「創り手(開発・提供企業)」と「利用者」のどちらが勝者になるかも、現時点では誰にも分からない。最終的な勝者は、スケールメリットやネットワーク効果が十分に働かない中で、「AIを効果的に活用できる利用者」になる可能性が高いと考える。しかし、それが具体的にいつ、どの程度の速さで浸透するのかは依然として見通せない。

 三つ目は、プライベート市場の動向だ。従来の流動性市場(小型株やクレジットなど)の構成が変化する中で、プライベート市場は急成長しており、新たな投資機会を提供している。単なる投資機会のシフトと捉えるのではなく、アセットオーナーは複数の投資機会に適応できる運用の柔軟性を確保することが重要だ。

 このように変化が早く、先の読めない環境下において、ポートフォリオ運用で最も重要な要素は「適応性(adaptability)」だ。ポートフォリオを設定して放置するのではなく、環境の変化に合わせて「適応する力」を養うことが重要だ。

◆PDCAサイクルで「Check」「Act」に課題=企業年金アンケート

(金武氏)(金武氏)

金武伸治氏(ラッセル・インベストメント 執行役員 エグゼクティブ コンサルタント、トータル・ポートフォリオ・ソリューション本部長) ラッセル・インベストメントは9~10月、金融誌「J―MONEY」と共同し、約130の年金基金等に「アセットオーナーが直面する課題と改善策」を調査した。

 運用過程を「PDCA(Plan→Do→Check→Act)サイクル」に分けて分析すると、「Check:リスクと運用状況の把握(適時のモニタリング)」、「Act:投資判断と投資行動(適切なリスク管理)」に不安を感じていることが分かった。「Plan:投資計画」は概ね満足していた。「Do:投資実行」はやや課題を抱えていた。

 調査結果から示唆される今後の改善・強化ポイントの一つは、「Check:リスクと運用状況の把握(適時のモニタリング)」ができる環境を整え、「Act:投資判断と投資行動(適切なリスク管理)」を行うことだ。これによって、投資環境の変化に応じた「適応性」を身に着けることが可能になるだろう。

◆直投化一元管理プラットフォーム(EPI)

(川本氏)(川本氏)

川本次郎氏(ラッセル・インベストメント クライアント・ポートフォリオ・マネジメント部 シニア クライアント ポートフォリオ マネージャー) 直投化一元管理プラットフォーム(EPI)は、投資スキームを変更し、運用の合理化をはかる仕組みだ。

 例えば、アクティブ運用のファンドであれば、年金基金はゲートキーパー(信託銀行や投資顧問会社等)や運用会社と契約を締結し、複数のファンドの受益権を保有している。現物株式はファンドごとに受託銀行がそれぞれの口座で管理している。

 一方、EPIはラッセル・インベストメントが運用会社各社と「投資助言契約」を締結し、お客さまである年金基金の口座の中に、現物株式を使って、ファンドのポートフォリオを再現している。

 これによって、お客さまの口座で現物株式を集約管理し、執行を効率化することができる。また、ポートフォリオ全体の状況をタイムリーに把握できる。さらに、ポートフォリオをカスタマイズすることも容易になる。

◆ポートフォリオを可視化、リスク管理を強化

(田中氏)(田中氏)

田中亨氏(三菱商事企業年金基金 自家運用執行理事) EPIを導入したきっかけだが、当社はもともと、株式運用にあたって、年金基金が直接、現物株式を保有する「直投」が良いと考えていた。保有株式の状況をすぐに把握できるし、何かあった時に直ちに資産保全に動けるためだ。

 株式のアクティブ運用は、株式市場が効率化されているだけに、市場平均を上回るアルファー(超過収益)を獲得することが難しい。パッシブ運用に比べると手数料が高い。このため、株式のアクティブ運用は、費用対効果が良くないという課題意識を持っていた。EPIを導入することで、コストを下げ、運用効率を改善することができた。

 EPIでは、年金基金が引き続き、投資判断を行う。ラッセル・インベストメントは、執行および運用報告等のプラットフォーム・サービスの提供を担う。当社は、運用戦略を変えることは考えておらず、投資の形態を変えたかった。

 EPIは、年金基金にとって良いことが多い。「直投」が実現できたことに加えて、①一元化により規模のメリットでコストが下がる ②リスク・リターンの管理が容易になる ③業務が効率化される-などだ。

 当基金はこれまで、9本のファンドで株式を運用していたが、これを日本株とグローバル株の二つの口座で管理できるようになったので、リバランス(配分調整)がラッセル・インベストメントへの通知書1通で済むようになり、機動力が格段に高まった。運用状況の報告も、1回のミーティングで済む。職員の業務時間も短縮された。

 これまで株式運用に費やしていたマンパワーを、より複雑なオルタナティブ商品のデューデリジェンスやモニタリングに投入できるようになった。資産保全についても、基金の判断で直ちに動けるようになった。

 現物株式は、年金基金の信託口座で管理しているので、万が一、ラッセルに何かあっても、問題は発生しない。

 アセットオーナーは、運用の高度化を求められている。ただ、運用力の強化によってリターンを高めることは簡単ではない。一方で、運用コストを下げたり、効率化したりすることは、比較的、容易に実現するし、その効果によってリターンを改善できる。

 決して派手なことではないが、こうした地道な取り組みを積み重ねることが、受託者責任を果たし、「アセットオーナー・プリンシプル」を実現するために大切だと考えている。

 

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