野村證券、「ゴールベース資産管理」で新著=顧客に寄り添い、目標に向けて伴走
2023年03月01日 15時00分
野村證券は、お客さまに寄り添い一人一人のゴールに向けて伴走する「ゴールベース資産管理」について、社内外の有識者の知見を新著にまとめた。書籍名は「金融サービスの新潮流 ゴールベース資産管理」(編者:奥田健太郎・野村ホールディングス・グループCEO、日本経済新聞出版)。この金融サービスは、米国で広く普及しており、お客さまに資産運用計画と継続的なフォローアップを提供することで、お客さまの立場に立った「顧客本位の金融サービス」の実現を目指すものだ。
このほど開催された記者勉強会で、関雄太・野村資本市場研究所常務は「高齢化と長寿化に伴い、金融サービスの目標が『短期的なパフォーマンスの追求』から『長期的な不安の解消』に変化した」と分析。「日本の金融業界においても『ゴールベース資産管理』は、重要性を増している」と強調した。
この日は、関氏が「『ゴールベース資産管理』が発展した背景」を説明。中村陽一・野村證券営業企画部ヴァイス・プレジデントが「米国の『ゴールベース資産管理』の詳細」を、小西祐太朗・野村證券リテール・ソリューション開発室長が「野村證券の取り組み」を、それぞれ紹介した。主なポイントは以下の通り。
◆下落時に「買い」、分厚いマネーフローが誕生
-米国で「ゴールベース資産管理」が発展した要因は。
関氏 米国の金融サービスにおいて「ゴールベース資産管理」が発展した要因について、金融環境の面から四つに整理した。1980年代以降にベビーブーマー世代が資産形成する中で、以下のような変化が生じた。
1点目は「確定拠出年金などの『自助努力型の資産形成制度』の普及により、個人投資家のマネーフロー改革が生じた」ことだ。具体的には、投信の積立投資にけん引されて、相場が下落した時に「買い注文」を入れる分厚いマネーフローが生まれた。これにより米国株式市場は、金融危機によって値下がりしても、そのたびに力強く回復してきた。
◆顧客ニーズが抜本的に変化=「短期の利益」から「長期の不安解消」
関氏 2点目は「高齢化と長寿化に伴う顧客ニーズの変化」だ。定年退職して給与所得がなくなった後の人生が伸びたことで、金融サービスが根本から変化した。これまでの金融サービスは「退職時の資産額を高くすること」に注力していきたが、これからの金融サービスは「退職後の資産の上手な取り崩し方」「長生きしても資産を失うリスクを無くす」「90歳代後半でもインカムを確保する」などが重視されるようになった。すなわち、金融サービスの目標が「短期的なパフォーマンスの追求」から「長期的な不安の解消」に変化した。
◆商品の差別化困難、プロダクト提供後のサービスが重要に
関氏 3点目は「規制の緩和と強化」だ。日米とも、銀行、保険、証券のいずれでもあらゆる金融商品を手にすることができるようになり、プロダクト(商品)で差別化することが難しくなっている。こうした中では、お客さまのニーズを理解し、お客さまに寄り添いながら、プロダクトを提供した後も金融サービスを持続的に提供していくことが求められている。4点目は「金融業界内部の構造変化」であり、オープン化やアンバンドリング(機能の分解)などが進んでいる。
◆「投資一任サービス」と相性が良い
-「ゴールベース資産管理」を実行する上でのポイントは。
関氏 実行する上でのポイントは、以下の3点になると考える。一つ目は「プロダクトからサービスへ」だ。プロダクトでの差別化はできなくなっており、むしろ、プロダクトを提供した後にサービスの価値が始まる。二つ目は「セールスからマーケティング」だ。「『顧客にとっての自分の価値』を最大化する」というマーケティング発想が重要になっている。
三つ目は「アセットマネジメントの考え方・スキルを取り入れる」だ。「長期的にお客さまに伴走する仕組み」は、投資顧問会社が公的年金や企業年金に提供しているサービスに近い。これら三つの改革を同時に行う仕組みとして「投資一任サービス」は相性が良い。
◆米国、顧客セグメントに応じてサービス提供
-米国の状況は。
関氏 米国では金融機関がダイナミックに変貌している。ウェルスマネジメント(個人資産の総合管理)の分野では、顧客ニーズの多様化に対応し、顧客セグメントに応じたサービスを提供している。例えば、モルガンスタンレーやUBSは「富裕層」を対象にアドバイスの深化・多層化を進めている。一方、チャールズ・スワッブやフィデリティは「マスアフルエント(準富裕層)」や「退職前後世代」を対象に、デジタルやコンタクトセンターと対面を組み合わせた形で、サービスを展開している。
◆資産所得倍増プラン、現役世代や未経験者を巻き込む
-日本の状況は。
関氏 昨年5月、岸田文雄首相がロンドン講演で「資産所得倍増プラン」を打ち出した。アベノミクスは、「日本が変わる」というメッセージを打ち出して海外投資家を日本市場に呼び込み、大きなモメンタムを作ったが、そのときは多くの日本人が投資に参加しておらず、配当収入などの成長の果実を十分に享受できなかった。これに対して岸田首相は、現役世代や投資未経験者を巻き込み、「株価が上昇しても自分たちには関係ない」という状況を変えようとしているのではないか。
少額投資非課税制度(NISA)を恒久化してさらに投資家の裾野を広げようとしており、1980年代以降に米国で起きた、長期・分散・積み立てに基づく個人投資家の資金流入が市場のマネーフローを変革した動きに似てきた。
こうした中では、「短期的なパフォーマンス」や「プロダクト(商品)本位のセールス」にこだわり続けても、日本の社会課題の解決に結びつかない。「『ゴールベース資産管理』や『顧客本位の業務運営』という考え方で金融サービスを変えていこう」というタイミングで、本書を出版できた。
◆日本に合った「ゴールベース資産管理」を模索
-この本の狙いは。
中村氏 この本は、「ゴールベース資産管理」について野村グループ内外の有識者の知見を集め、日本の現状に合わせて書き下ろされたものだ。日本の金融業界では「ゴールベース資産管理」の取り組みが広がってきている。「ゴールベース資産管理」のさらなる普及と、より良い金融サービスの模索に資することを目指した。
◆提案とフォローアップの循環型プロセス
-本のポイントは。
中村氏 ポイントは三つある。1点目だが、米国では90年代から「ゴールベース資産管理」が模索され、先進的なアドバイザーの取り組みを参考にしながら発展してきた。現在はビジネス・プラクティスが確立している。
すなわち、お客さまのライフイベントなどを踏まえた目標を「ゴール」とし、そのゴールを顧客と金融機関が共有し、それに応じた資産管理計画の提案を含め、資産形成と管理を支援するサービスだ。提案と継続的なフォローアップを繰り返す循環型のプロセスがベスト・プラクティスだとされている。
◆実践する個人投資家は少数だが、潜在ニーズ
中村氏 2点目だが、日本の顧客サイドでも「ゴールベース資産管理」への関心が高まっている。その背景には、世界的なインフレの進行や、家計の資産形成に向けた政府や金融機関の取り組みがある。
3点目だが、日本において「ゴールベース資産管理」を実践している個人投資家はまだ少数だが、潜在的な需要が見込まれる。「ゴールベース資産管理」の定着には、「丁寧なコミュニケーション」と「金融機関に対する信頼のさらなる向上」が必要とされることが浮かび上がった。
◆「相対的に予見性の高い長期分散投資」が必要に
-具体的なプロセスは。
中村氏 「ゴールベース資産管理」とは、お客さまとそのご家族を含めたゴールをベースとして、その実現に向けて資産などを管理する方法だ。ゴールは、「どのような生活を送りたいか」「生涯でどのようなことをしたいか」「ご家族やその先の世代にどうあってほしいか」-などを具体化したものだ。
実現する時期は、中長期の先になる。このため、ゴール達成に向けたサポートは、長期的・継続的なものになる。その間、進捗(しんちょく)状況の定期的な確認も必要だ。このように「ゴールベース資産管理」は、繰り返しの循環型プロセスになる。
資産を積み上げるプロセスだけでなく、資産を取り崩した先にある生活もゴールになるので、そうしたゴールに結びつける「相対的に予見性の高い長期分散投資」が必要になる。また、こうした資産管理を可能にするツールとして、米国でも「投資一任サービス」が多く使われている。
◆接触習慣は「12-4-2」、満足度を向上させる
-伴走の内容は。
中村氏 ゴールへの進捗(しんちょく)状況を定期的に確認するために、米国では「12-4-2」という接触習慣が行われている。まず「12」だが、年間12回つまり毎月1回、コンタクトするという意味だ。電話で15分ぐらい状況確認を行う。次の「4」は、そのうち4回は、四半期に1度、少し詳しめのレビューを行う。
最後の「2」だが、4回のレビューのうち半年ごとのレビューは対面で時間をかけて実践する。例えば1~2時間をかけて、お客さまやご家族の状況の変化や、資産状況の確認、場合によってはゴールや計画の見直しを行う。
こうした接触習慣については、事前に接触タイミングを決めておくことが大切だ。予定に基づいて行動できるようにすることで、高い満足度が得られる。こうしたフォローアップにはかなりの時間が必要になることから、1人のアドバイザーが担当できる顧客数は100世帯程度と言われている。
◆「ゴールベース資産管理」を実装、ツールや評価等を整備
-野村證券の取り組みは。
小西氏 昨年10月にリテール・ソリューション開発室が設置された。営業店の社員(パートナー)が使用する各種データやツールの提供、ベストプラクティスの紹介を通じてビジネス拡大に貢献することが役割である。その中でも「ゴールベース資産管理」は重要なテーマだ。昨年4月から「Nomura Navigation(ノムラ・ナビゲーション)」を全店に展開し、ポートフォリオ管理やゴールの設計に使用している。
野村證券は「資産コンサルティング業への進化」を掲げて、「ゴールベース資産管理」をより多くのお客さまに提供しようとしている。現在では、「ゴールベース資産管理」という言葉を聞いたことがないパートナーはいないと思う。
ずっと前から、こうした考え方を基にお客さまの目標を傾聴し、目標の実現を目指すというスタンスで営業をしてきた人はたくさんいた。ただ、それを個人のものに留めず、組織として標準的なサービスとして実装するためには、ツールを開発したり、評価を見直したり、経験を共有化するなどの対応が必要であり、時間がかかるが定着に向けて取り組んでいる。
◆組織・サービス、パートナー、お客さまに変化
-変化のポイントは
小西氏 ポイントは三つある。1点目は「組織・サービスの変化」だ。2019年からビジネスの領域を分け、それぞれの領域に合わせて専門性を高めている。
サービスについては、売買のたびに手数料をいただかない「レベルフィー(残高手数料契約)」の取り扱いを開始した。レベルフィーの目的は、お客さまとの共通ゴールに向けて中長期投資やポートフォリオの考え方、お客さまへのフォローの浸透を図り、お客さまの満足度を高めることである。
また「Nomura Navigation」は、資産全体を対象に、アセットアロケーションの分析に加え、個別の株式や投信を含めてリスク・リターン等を計算し、中長期的な見通しなどを可視化できる。
2点目は「パートナーの変化」だ。プロダクトを起点として商品を販売するだけではなく、お客さまに対して資産全体へのコンサルテーションを提供しようとする意識が高まっている。ゴールベース資産管理や、中長期での資産全体のポートフォリオ管理といった考えに基づくサービス提供は、時間が経つにつれて、その有効性が実感されていく傾向があり、じわじわとではあるが、明確に広がり、浸透してきている。
3点目は「お客さまの変化」だ。かつて口座担当者がお客さまにお伝えしていた市場動向や資産運用に関する一般的な情報は、お客さま自身がインターネットを通じて簡単に入手できる時代になっている。そうした中でよりご満足いただくためには、「お客さま一人一人のライフプラン」や「資産全体の管理に対するアドバイス」など、質の高い金融サービスをお客さまごとにカスタマイズして提供していく必要がある。