知っておきたい「日本の経済統計」=「高インフレ下の個人消費」「トランプ関税」「利上げの効果」を読み解く-バークレイズ証券
2025年06月11日 08時30分

バークレイズ証券は、新任記者向けに「日本の経済統計」に関する勉強会を開催した。昨年の「基礎編」に続いて、今年は「市場の注目点に対する経済・金融統計からのアプローチ」をテーマに、同社エコノミストの橋本龍一郎氏が、統計を使って日本経済のポイントを解説した。
勉強会では初めに、日銀が公表した最新の「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」から、経済・物価に対する日銀の見方を共有した。
その上で、日本経済の注目点として、①高インフレ下の個人消費 ②トランプ関税の影響 ③賃金・為替の物価への波及 ④利上げの影響 ⑤政府財政と金利水準-の5点について、現状と展望を読み解いた。主なポイントは以下の通り。
【バックナンバー】◎投資初心者が知っておきたい経済統計=財政・金融政策で重要な役割-バークレイズ証券の橋本氏に聞く(2024年6月13日)<基礎編>
https://financial.jiji.com/long_investment/article.html?number=598
◆日本経済の現状と見通し
「展望レポート」は、日銀が経済・物価のストーリーを描いたものだ。「現状」⇒「中心的な見通し」⇒「リスク要因」の順番になっている。
5月のレポートでは「現状」について、日本経済の主要な需要項目である個人消費と設備投資は、引き続き「緩やかな増加基調にある」という認識を示した。「見通し」については「トランプ政権の関税措置は内外経済に大きな影響を及ぼす」と指摘した。
「物価」については「基調的な上昇率は成長ペースの鈍化などの影響を受けて伸び悩む」ものの、見通し期間の後半には物価目標と「整合的な水準で推移する」と指摘した。
今回のレポートの注目点は、日銀が経済・物価見通しを大幅に引き下げたことだ。日銀はこれまで半年に1度のペースで利上げしてきた。今後は、景気の状況に合わせて見通しを上方修正する中で、利上げの時期を判断していく、と見られる。
◆高インフレ下の個人消費
日本経済の先行きを考える上で、「高インフレ下の個人消費の動向」に注目している。
内閣府が公表する「国内総生産(GDP)」は、一定期間内に国内で新たに生み出された「付加価値」の総額であり、一国経済の全体像を把握するのに最も相応しい統計だ。個人消費は、GDPの53%(2024年)を占める、最も大きな項目だ。
個人消費の統計は二つある。日銀は供給サイドの販売データをもとに「消費活動指数」を作成している。一方、総務省は需要サイドの家計データをもとに「家計調査」をまとめている。
「消費活動指数」を見ると、コロナ禍前の水準を上回り堅調に推移している。ただ、インフレが高止まりする中で、食品などの非耐久財が低迷している。今後、実質賃金がプラスになっていく中で、非耐久財の販売が改善していくかが、重要なトピックになっていく。
「家計調査」を見ると、家計の消費支出に占める食料費の割合を示す「エンゲル係数」が上昇していることが分かる。基礎的支出(必需品)と選択的支出(それ以外)に分けて分析すると、基礎的支出の弱さが際立つ。高インフレに直面した家計が、購入点数を減らすなど節約志向を強めていることが分かる。
賃金については、連合がまとめた「春闘賃上げ率」と、厚生労働省の「毎月勤労統計」が重要なデータになる。春闘の賃上げ率は5%を超える高い上昇が続いている。ただ、食料品インフレの再燃で、足元の実質賃金はマイナスになっている。今後について当社は、名目賃金が上昇し、食料品インフレが減衰する中で、今年後半から実質賃金がプラスになると予想している。
◆トランプ関税による輸出・GDPの減速
トランプ関税の影響については、さまざまな統計を組み合わせて、試算していくしかない。財務省の「貿易統計」や、日銀の「実質輸出入」を使い、例えば、ある業界で輸出が減ると国内企業にどのように波及するか、総務省の「産業関連表」を使って推計している。
当社は、米国の関税政策が四つの経路をたどって日本経済に影響を与え、日本のGDPを0.7ポイント程度、減速させると予想している。四つの経路とは、①対米輸出が減少する ②それが国内産業に波及する ③不確実性が高まり設備投資が減少する ④欧州や中国経済の減速が日本製品・サービスに影響を与える-だ。
最新の「貿易統計」では、米国の関税による輸出の押し下げ効果はそれほど出ていない。ただ、今後は、米国向けの自動車輸出や、サプライチェーンの関連で中国やアジア向けの半導体製造装置や電子部品の輸出がどう変化するか、大きな注目点になる
◆為替・賃金の物価への波及
物価については、総務省の「消費者物価指数(CPI)」を見ると、生鮮食品を除く食品の価格が値上がりする中で、上昇基調を強めていることが分かる。コメ価格が前年比90%を超える水準で上昇し、外食サービスもそれらを転嫁する形で上昇している。
帝国データバンクの「食品主要195社価格改定動向調査」を見ると、2025年の値上げ品目数は、既に2024年を超過している。値上げの要因についても、人件費や物流費などの人手不足要因が急増している。
輸入物価については、円安の時は企業が積極的に値上り分を価格転嫁する一方で、円高になっても値下がり分をそれほど価格転嫁しないと予想される。このため、円高になってもCPIの押し下げ効果は相対的に小さい可能性がある。
コアCPIを寄与度別に分析すると、賃金の影響が高まっている。日銀が期待する「賃金と物価の好循環」が現れつつある。
当社は「弾力的インフレ率」と「粘着的インフレ率」を独自に作成し、インフレの予想に役立てている。粘着的インフレ率は、家賃や通信料など価格改定の頻度の低いものを対象としている。先行きのインフレ見通しを勘案しながら価格改定するため、先行きのCPIを説明する力が強いという特徴がある。
◆利上げの経済活動への影響
日銀の「資金循環統計」を使うと、金利上昇が家計や企業活動にどのように影響するか、試算することができる。
家計の金利収支は、利上げによって改善している。家計は、借入れが微増で留まる中、預金を大きく積み上げてきたため、利上げにより金利収支がプラスに転化した。企業の金利収支はマイナスだが、預金の積み上げによりマイナス幅は縮小している。
利上げが設備投資に与える影響だが、企業のキャッシュフローは設備投資を恒常的に上回る状況が継続しており、政策金利が上昇しても、設備投資はマイナス方向に押し下げられないだろう。むしろ、トランプ関税の影響などグローバルな経済活動の見通しの方が重要だ。
◆政府財政と両立可能な10年金利の水準は
財務省の「予算関係書類」を見ることで、政府財政の状況を知ることができる。
これまでは、国債残高が増加しても、金利が低水準に抑制されていたため、利払い費は8兆円前後で済んでいた。しかし、日銀の金融正常化が続くもとで、利払い費は今後も増加していく見通しだ。今年度は16兆円前後に増加し、10年後には20兆円前後に増えていくと当社は予想している。
ただ、内閣府がまとめた「中長期の経済財政に関する試算」を見ると、ある年度の税収や税外収入から歳出を差し引いた「プライマリーバランス(PB)」は改善傾向にあり、当社は2028年度以降、黒字に転化すると想定している。
PBの緩やかな改善とインフレ率が2%程度で安定するという前提のもとでは、政務債務のGDP比率は、先行き10年間で緩やかに改善すると見ている。ただ、長期金利が上振れると、利払費が増加し、政務債務のGDP比率を悪化させる可能性がある。また、防衛費の増額が、政府財政のリスク要因になることが懸念される。