インベストメントチェーンを太くする=「資産運用立国」の実現に向けて-アセットマネジメントOneの杉原社長に聞く
2025年04月14日 08時15分

大手運用会社アセットマネジメントOne(東京)の杉原規之社長はインタビューに応じ、「資産運用立国」の実現に向けた課題について「運用会社が責任ある機関投資家の責務を果たし、インベストメントチェーン全体を太くしていくことが必要だ」と述べた。
アセットマネジメントOneは、長期投資に資する投信のラインアップを拡充し、金融経済教育の場を広げている。さらに、米国の大手運用会のティー・ロウ・プライスと協働して確定拠出年金(DC)に最先端の知見の導入を始めた。杉原社長に同社の取組みを聞いた。
◆フィデューシャリーとスチュワードシップの責務を果たす
-「資産運用立国」実現に向けた課題は
杉原社長 「資産運用立国」の実現に向けて、投資家と投資先企業をつなぐインベストメントチェーン全体を太くしていくことが必要だ。その中で運用会社は、大切な役割を担っている。
われわれは、個人や機関投資家から資産をお預かりして、それを企業に投資する。その際、受託者としてフィデューシャリー・デューティー(顧客本位の業務運営)を全うすることが、何より大切だ。同時に、責任ある機関投資家としてスチュワードシップ責任を果たし、投資先企業の企業価値を高め、投資家に経済的なリターンをお返しすることも重要な役割だ。
経済の「血液」とも言えるようなお金の循環を、しっかりと太いものにしていくことが、運用会社に求められる責務だ。そのために当社は、広義の「運用力」を強化し、インベストメントチェーンの拡大をけん引していきたいと考えている。
◆投資家それぞれに、ふさわしい商品と金融経済教育を提供
-個人投資家への対応は
杉原社長 新しい少額投資非課税制度(NISA)がスタートしたことで、投資初心者にも資産形成が広がっている。販売サイドと製造サイドがしっかりとタッグを組んで、それぞれの投資家にふさわしい商品を提供し、金融経済教育やアドバイスを通じて投資家に正しい行動を促していく。
具体的には、そうした人たちに長期投資の考え方やその重要性、金融経済の知識、商品に関する知識などを伝えることが必要だろう。投資に関する情報の取得先を見ると、日本ではSNSで情報を集める人が多いが、米国では勤務先企業や金融機関など信頼できる情報源を活用している。
また、日本では「相場が上がったら売り、下がったら買う」といった短期の売買が一部で見られる。マーケットの動きに一喜一憂せず、じっくり投資することの重要性など、正しい金融知識を継続的に提供していくことが必要だろう。さらに、マーケットが急変したときは、タイムリーにマーケットの状況を伝え、冷静な対応を呼びかけることが大切だろう。
◆日本株の旗艦ファンドを育成、クロスオーバー投資を拡大
-商品ラインナップの考え方は
杉原社長 個人投資家を中心に長期投資に資する商品を提供していく。さまざまな経済局面が想定されるので、強みを持つファンドを取り揃えラインアップを厚くしていく。
特に力を入れて育成しているのが、「日本株の大型のグロース株(成長株)ファンド」だ。昨年秋にシードマネーを入れて立ち上げた。今、運用実績を積んでいる。ある程度トラックレコードが蓄積したら、海外投資家や販売会社に、商品コンセプトや運用実績を示して、成長株ファンドの魅力を訴求していきたい。
「ジャパン・コア」と「ジャパン・エール」という2本のファンドで、ファンドの規模は、それぞれ5000億円程度のキャパシティーを考えている。これらのファンドでは、当社のリサーチ力をフル活用して、5年後、10年後に企業価値を増大させ、ビジネスが拡大していく企業に厳選投資する。
日本株については、昨年「クロスオーバーファンド」を設定した。これは、上場間近の非上場株に投資し、上場後も投資し続けるというコンセプトだ。投資家の皆さまにも投資先企業の魅力を感じてもらい、上場後も応援して企業の成長を支えファンドとして、息長く育てていきたい。
◆リサーチ担当者を集結、「骨太エンゲージメント」「中長期ロードマップ」
-リサーチの体制強化は
杉原社長 運用会社は、投資に当たって「企業の成長力」をしっかりリサーチすることが必要だ。
当社は昨年、組織改編を行い「リサーチ・エンゲージメント部」を立ち上げた。これまで、別々の部署にいた「セクターアナリスト」「ESGアナリスト」「マクロエコノミスト」を、一つのセクションに集めることで、財務と非財務情報の両面から、中小型から大型株まで、企業を深く分析できる体制を整えた。
さらに、エンゲージメント(投資先企業との対話)をより深堀した「骨太エンゲージメント」を始めた。競争力の強化によって収益性や成長性の向上が見込まれる企業約30社を選定し、経営トップと対話しながら、具体的に企業価値を向上させるために何ができるか、「事業ポートフォリオの見直し」「資本の活用」「株主還元」などの課題について、まさに骨太の議論をしている。
昨年秋、中長期の視点で投資先企業に働きかけるため、「スチュワードシップ活動の中長期ロードマップ」を作成した。「2030年にグローバル水準のコーポレートガバナンスを実現すること」をターゲットとして、そこからバックキャストするかたちで、「今後2年以内」「2027年まで」といった時間軸に沿って、企業に期待する姿を示した。対話を通じて企業に寄り添い、企業の取組みを後押ししている。
◆長期投資で、企業と投資家がウィン・ウィンの関係に
株価は、短期に市場の荒波を受けることがある。しかし、事業ポートフォリオがしっかりしていて、長期的に成長を遂げていくことに確信が持てる企業に対して、われわれは、中長期の時間軸でじっくり構えて投資していく。
企業にも、同じような中長期の目線で、企業価値向上の取り組みを進めてもらう。投資家にも中長期の目線で投資していただく。企業と投資家の両サイドが、こうした時間軸の中でしっかりと成長し、ウィン・ウィンの関係になる。
当社は、企業と投資家の中間に立って両サイドに働きかけることで、長期投資を根付かせていきたい。そうすることで最終的に、個人投資家や年金基金の資産をサステナブルに増加させることができる。
◆アセットマネジメントOne未来をはぐくむ研究所
-金融経済教育での対応は
杉原社長 金融経済教育については、「アセットマネジメントOne未来をはぐくむ研究所」を設立し、商品から切り離した中立の立場で、個人の資産形成や長期投資の重要性、ファイナンシャル・ウェルビーイングについて、継続的に情報を発信している。
研究所は、子ども、学生、親、教員、企業など、幅広いセグメントにアプローチしている。例えば、大手出版社にて小学生の子どもを持つママ・パパ向けに親子でお金を学ぶコンテンツを連載で提供したり、子どもの職業体験施設の運営会社と「ファンドマネジャーの職業体験ゲーム」を共同開発してきた。また、学校の先生に投資を知ってもらうワークショップを実施した。学生向けには大学で「運用会社の意義や役割」の講義を行い、企業には事業主向けの「確定拠出年金(DC)セミナー」や職域セミナーの「ライフプランニング研修」を開催した。
DCセミナーは、グループのみずほ銀行と第一生命保険、米国の大手運用会社の日本法人ティー・ロウ・プライス・ジャパンの協賛で開催した。事業主は「どうすれば従業員のファイナンシャル・ウェルビーイングを高めることができるか」について高い関心を持っており、たいへん盛況だった。今後も研究所の活動を広げていきたい。
◆ポートフォリオソリューション、リタイアメントビジネス
-これから注目される分野は
杉原社長 「ポートフォリオソリューション」と「リタイアメントビジネス」だ。「良質な投資機会の提供」と「金融経済教育」が重なる領域にあるビジネスだ。
一つ目の「ポートフォリオソリューション」は、お客さまの状況やニーズを踏まえ、それぞれのお客さまにカスタマイズした最適なポートフォリオを提供するサービスだ。年金基金は、国内外の株や債券に分散投資するポートフォリオで資産を運用している。インフレ環境への変化やボラティリティの上昇を受けて、ポートフォリオ自体を見直す必要があったり、各アセットクラスの中身の入替も必要となってくる中、中長期的にどのようなポートフォリオが最適か、運用会社に対してソリューション提供の期待が高まっている。
個人向けには、ライフステージに応じてポートフォリオを組み替えていく「ターゲットイヤー・ファンド」などがある。また、年金基金のお客さまと同じようなコンセプトで、DCのお客さまにもポートフォリオを最適化するアドバイスの提案が考えられる。
◆次世代ツール、ワンストップで「見える化」・シミュレーション
-リタイアメントビジネスの方向性は
杉原社長 「リタイアメントビジネス」は、一人一人のライフスタイルに応じてパーソナライズし、長期にわたって最適な資産形成を実現していくサービスだ。いろいろなアイデアを議論しているところだが、①運用商品の提供 ②金融経済教育の高度化 ③次世代ツールの構築-が、大きな柱になるだろう。
一つ目の運用商品については「ターゲットイヤー・ファンド」を新設し、第一歩を踏み出した。日本独自のグライドパス(年齢に応じた資産配分)を設計し、最新の分散ポートフォリオで運用する。二つ目の金融経済教育については、アセットマネジメントOne未来をはぐくむ研究所を通じて、取組みを広げていく。
三つ目の次世代ツールだが、米国ではこうしたツールの提供が進んでおり、ティー・ロウ・プライス社のサービスでは、加入者の資産情報を一元管理し、将来に向けてシミュレーションする機能もある。
自分の資産がどうなっているか。DCだけでなく、公的年金やDC以外で保有しているファンドを含めて、ワンストップで状況を確認し、5年後、10年後をシミュレーションできるツールがあれば、長期の資産形成に向けた自分自身のロードマップを立てやすくなるだろう。開発には課題も多いが、そうしたツールを目指していきたい。
◆米国はDCが資産形成のエントリーポイントに
-DCの制度改正への期待は
杉原社長 次のDC法改正では、制度が簡素化され、拠出限度額が拡大され、加入可能年齢が引き上げられる見通しだ。具体的には、拠出限度額が2倍以上に拡大する加入者もいる。退職後も個人型DC(イデコ、iDeCo)で資産形成を続ける人が増えれば、さらに制度の重要性は増すだろう。
社会人になると会社に就職する人が多い。資産運用について自分で一から考えてやるよりは、会社が提供する企業型DCのメニューが使えれば便利だ。資産運用の入り口として、重要な制度になることが期待される。
米国では、確定拠出年金(401K)と退職給付勘定(IRA)を通じて初めて投信を購入したという人が全体の3分の2以上を占めている。会社に就職すると原則としてDCに自動加入し、その商品ラインアップを見て投資をスタートする。
日本でも、米国のようにDCを通じて投資が身近になると、投信市場はもっと広がっていくだろう。今はまだ、家計資産約2300兆円の過半を現預金が占めているが、長期投資が普及すれば、個人金融資産はさらに拡大するだろう。
◆投資は楽しくワクワクすること=投資の力で未来をはぐくむ
-ファイナンシャル・ウェルビーイングの実現に向けて必要なことは
杉原社長 老後に対して若い頃から準備しておけば、リタイア後も豊かな暮らしを実現できるだろう。ポジティブに将来を展望できるようになると思うので、資産形成や年金に関心を持ってもらいたい。
リタイア後の準備についても、身を削って用意するのではなく、毎月少しずつ積み立てて、長期に投資していくことで実現できる。「投資は楽しくワクワクすることだ」ということを、しっかり伝えていきたい。
私も教壇に立って、学生に「運用会社の意義と役割」を講義する機会がある。運用会社は、投資家からお預かりした資金を企業に提供し、企業価値の向上を後押しすることで、企業を成長させることができる。企業は、成長の成果を配当や給与として投資家や働く人に分配することで、多くのステークホルダーが豊かになり、国が豊かになる。こうした話をすると、多くの学生が「初めて知った」などと興味を示してくれる。
当社のコーポレートメッセージ「投資の力で未来をはぐくむ」は、そうした運用会社の役割をイメージしている。投資する人の未来と、投資先企業の未来はつながっている。投資先企業が成長すると、そこで働く従業員も投資家もハッピーになるし、その事業活動を通じて社会が豊かになり、社会的課題も解決する。こうした好循環が、運用会社を起点として、長期投資によって実現する。
運用会社として、こうした役割に対する期待に応え、「資産運用立国」の土台を作っていきたいと考えている。