企業価値向上へ、高まるプレッシャー=「鎧を脱ぎ、筋肉質の体で、自ら行動を」-大和総研の神尾氏
2024年05月31日 09時00分
大和総研 政策調査部の神尾篤史主任研究員は「企業価値向上に向けて上場企業に高まるプレッシャー」をテーマに記者勉強会を開催した。企業に変革を迫るプレッシャーとして東証や経産省の制度改正、機関投資家やアクティビストの活動等を紹介した。
その上で「企業は、安定株主という『鎧(よろい)』を脱ぎ、筋肉質の体になって、投資家の目線で、自ら企業価値向上をめざすことが重要だ」と指摘した。主なポイントは以下の通り。
◆制度改正、議決権行使、株主提案、同意なき買収
-高まるプレッシャーとは。
神尾氏 まず、制度改正の動きだが、東証は「資本コストや株価を意識した経営」や「親子関係や持分法適用関係にある上場企業の開示」を要請している。さらに、経産省は「企業買収における行動指針」を策定した。
こうした制度改正を援用して、機関投資家は議決権行使基準を厳格化し、アクティビストが株主提案を増加させている。さらに、事業会社は「同意のない買収」を含めて買収提案を行っており、企業に対するプレシャーは高まっている
◆企業価値向上へ追加策も
-東証の制度改正は。
神尾氏 東証は2023年3月、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を公表した。そのポイントは、経営層が主体となって、資本コストや資本収益率を十分に意識し、経営資源を適切に配分することを求めた。東証のまとめによると、2024年4月末の時点でプライム市場の69%、スタンダード市場では28%が、開示(検討中を含む)している。東証は8月以降に改めて課題を整理し、追加策を検討すると予想している。
さらに、東証は「親子関係にある上場会社」と「持分法適用関係にある上場会社」について開示要請を出した。不十分な開示が、上場子会社への長期投資の妨げになっているとの問題意識から、グループ経営や事業ポートフォリオの基本的な考え方等を改めて説明するように求めている。こうした取り組みが、親子関係や持分法適用関係の解消につながる可能性がある。
◆「伊藤レポート」の進ちょく確認へ
-経産省の制度改正は。
神尾氏 経産省は2023年8月に「企業買収における行動指針(買収行動指針)」を策定した。M&A(合併・買収)に関する公正なルールを形成し、「望ましい買収」を活発化することで、企業の成長や資本市場の健全な新陳代謝に資する狙いだ。「同意のある買収」だけでなく、「同意なき買収」も対象としている。
そのポイントは、第1原則で「望ましい買収か否かは、企業価値ひいては株主共同の利益を確保し、または向上させるかを基準に判断されるべきである」と定義したことだ。企業価値を「企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローの割引現在価値の総和」という定量的に測定できるものに明確化し、「測定が困難な定性的な価値を強調したり、経営陣が保身を図るべきではない」と強調した。
さらに経産省は、2024年5月に「持続的な企業価値向上に関する懇談会」を立ち上げた。2014年8月に公表した「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト 最終報告書」(伊藤レポート)で指摘した課題の進ちょく状況を確認し、今後の対応を検討する見通しだ。
◆代表取締役の選任に、厳しい基準
-機関投資家の議決権行使は。
神尾氏 東証が示した制度改正を援用するかたちで、機関投資家は議決権行使基準の厳格化を進めている。例えば、三菱UFJ信託銀行は今年4月、2027年4月以降、3期連続で自己資本利益率(ROE)が8%未満かつ株価純資産倍率(PBR)が1倍未満の場合は、代表取締役の再任に反対する方針を打ち出した。
また、三菱UFJアセットマネジメントは「内部留保を成長投資に振り向けることは重要だと考えるが、一方で余剰に内部留保を行うことは問題だと考える」と指摘。「豊富なキャッシュの使途が確認できない場合は、説明責任を果たしていないとして、代表取締役の選任に反対する」と明言している。
こうした機関投資家の方針を受けて、上場企業は死に物狂いで企業価値向上に取り組んでいくと思われる。
◆提言型で価値向上求める
-アクティビストの株主提案は。
神尾氏 件数が急増している。6月下旬の株主総会に向けて、すでに提出された提案内容を見ると、主にPBR1倍割れの解消や増配・自己株式の取得などが要請されている。アクティビストの手法が、「買占め」による経営陣への圧力から、「少数取得」でほかの機関投資家を巻き込む提言型に変化している。アクティビストの主張に対してロジカルに反論できる準備を進めることが必要となっている。
◆「同意なき買収」を含めM&A活発化
-事業会社による買収提案は。
神尾氏 事業会社が「同意なき買収」を提案するケースが出てきている。提案を受けた企業は、外部アドバイザーを起用したり、特別委員会を設置したりして検討体制を構築し、企業価値の観点や株主共同利益の観点から提案内容を検討し、受け入れの可否を判断した。
-上場企業に求められる対応は。
神尾氏 東証は2024年2月に「投資者の視点を踏まえた『資本コストや株価を意識した経営』のポイントと事例」を公表した。この中で、投資家の視点から資本コストをとらえ、多面的に分析・評価すること、バランスシートが効率的になっているか、現預金の状況等を点検することを求めている。
その上で、具体的な取り組みについては、経営資源の適切な配分を意識した抜本的な取り組みを行うことや、資本コストを低減させる意識を持つこと、中長期的に目指す姿と紐づけて取り組みを説明すること-などを要請している。
先進的な上場企業では、キャッシュを生まない低収益資産を減らし、高収益資産を積み上げることで、不要な株主資産を持たない資本戦略に取り組んでいる。また、将来のキャッシュフローの使途をまとめた「キャッシュフロー・アロケーション方針」を作成して、成長投資や自社株買い・配当の方針を明示している企業もある。
◆「上場する意義」を考える必要性も
-今後の見通しは。
神尾氏 制度改正はこれからも続く。それを援用するかたちで、機関投資家やアクティビストはさらなる企業価値向上を求めるだろう。さらに、企業の成長や資本市場の効率化をめざしてM&Aが活発化するとみられる。
東証や経産省のほか、金融庁も「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」で、社外取締役の役割や政策保有株式などについて、検討を行う見通しだ。
企業は、企業価値の向上を進める一方で、改めて「上場する意義」を検討することが必要だと考える。上場の最大の意義は株式市場からの資金調達だが、同時に、不特定多数の投資家から資金調達したことに対して責任を持つことが必要になる。
それぞれの企業の検討結果によっては、MBO(マネジメント・バイアウト、経営陣による自社株式の買収・独立)によって非上場を考える会社が増加することもあるだろう。