「エコノミック・モート」で指数を作る=持続的に競争優位性を持つ企業を厳選-モーニングスターの伊藤氏らに聞く
2024年03月22日 08時00分
独立系金融調査会社のモーニングスター(本社シカゴ)は、「エコノミック・モート(経済上の堀)」を持つ企業を集めたインデックスを算出している。投資の神様ウォーレン・バフェット氏が提唱したことで広く知られるようになった概念で、ブランド力や特許などの「経済上の堀」で守られた、持続的に競争優位性を持つことが見込まれる企業を厳選した。グローバルに展開する株式調査チームの定性分析に基づいており、指数の作成方法もユニークだ。
日本では、楽天投信投資顧問とGlobal X Japanが、エコノミック・モートを活用した指数に連動する公募投信を設定している。モーニングスター エクィティリサーチ・アジア・ディレクターの伊藤和典氏と、モーニングスター・ジャパン インデックス事業部部長の川崎華奈氏に、「エコノミック・モート」の考え方や指数の作成方法を聞いた。
◆企業を外敵から守る「経済上の堀」
-エコノミック・モートとは。
伊藤氏 直訳すると「経済上の堀」だ。企業を競争上の外敵から守る「城のお堀」のようなものをイメージするとよいだろう。当社は、抵抗力の強さに合わせて「Wide Moat(広い堀)」「Narrow Moat(狭い堀)」「No Moat(堀が無い)」の3段階で分類し、「Morningstar エコノミック・モート・レーティング」を付与している。
「Wide Moat」は、企業が競争優位性を少なくとも20年間維持できると、我々が考えている企業だ。「Narrow Moat」は少なくとも10年間維持できると期待される企業、「No Moat」は、競争優位性を10年間維持できないだろうと判断している企業だ。
◆将来のキャッシュフローの確信度を高める
-競争優位性がある状態とは。
伊藤氏 投下資本利益率(ROIC)が資本コスト(WACC)を上回って、プロフィット(利益)を生み出している状況だ。エコノミック・モートを持つ企業は、この状態をより長く維持できると考える。
「Morningstar エコノミック・モート・レーティング」の違いによって、将来入ってくると期待されるキャッシュフロー(現金収入)が変わってくるので、企業のフェアバリュー(適正価値)も違うものになる。具体的に言えば、モートを持つ銘柄は超過収益を稼げる期間がより長いのでフェアバリューは高くなる。
◆安定した利益成長、長期投資に適した株式
-企業業績や株価との関係は。
伊藤氏 私たちはモートの強い企業は「長期投資に適している」と考える。
企業は、何年かに1度、事業環境の変化によって荒波に襲われる。その時、モートを持つ企業は、競争環境の変化に強いので、自らの収益を守ることが期待される。一方、モートを持たない企業は、変化の影響をより大きく受け、その度に収益を毀損するため、事前に期待していた利益成長を実現できない場合が多い。
環境変化の影響を最小限に抑え、長期にわたって安定した利益成長を実現できる企業が、長期投資に適した企業であろう。
株価を見ると、「No Moat」の企業は業績が谷から山まで大きく変化するため、短期に限れば、株価がアウトパフォームすることがあるかもしれない。しかし、長期で見ると、「Wide Moat」の企業は業績を着実に伸ばし、株価をより大きくアウトパフォームさせることが期待される。
◆110人のアナリストがグローバルに調査
-モートを持つ企業の割合は。
伊藤氏 当社は、グローバルに1630銘柄の株式を、110人のアナリストで調査している。これらの全ての銘柄に「Morningstar エコノミック・モート・レーティング」を付与していることが、私たちの調査の最大の特徴だ。
この1630銘柄についてみると、「Wide Moat」の企業は17%、「Narrow Moat」が42%、「No Moat」が41%になっている。
業界別にみると、例えばエネルギーや不動産など、競争が激しく製品の差別化が難しい業界では、モートを持つ企業の割合は低い。一方、通信・サービス、ヘルスケア、テクノロジーなどの業界では、モートを持つ企業の割合が高い。
◆五つの源泉
-モートの評価のフレームワークは。
伊藤氏 エコノミック・モートは、五つの源泉から生まれている。「無形資産」「スイッチング・コスト」「ネットワーク効果」「コスト優位性」「効率的な規模」-だ。
こうした概念は、抽象的だ。また、アナリストの個人的な感覚に左右されることも考えられる。このため評価に当たっては、しっかりしたフレームワークを構築し、客観的な目線で、議論できるようにしている。
◆「無形資産」「スイッチング・コスト」など
-五つの源泉の内容は。
伊藤氏 「無形資産」は、ブランド力、知的財産、顧客との密接な関係、販売チャネル、特許、規制、免許など幅広い。例えば、ブランド力は、価格決定権の強さに反映される。また、特許や規制は、企業を競争から守る効果がある。
「スイッチング・コスト」は、他社の製品・サービスに切り替える場合に発生するコストだ。コストが切り替えによるメリットを上回る場合、容易に切り替えができない。例えば、消費者の命や安全に直結するため、自動車部品は簡単に切り替えられない。また、お客さまの基幹システムに深く食い込んでいるFA機器やソフトウェアも簡単に替えられない。
「ネットワーク効果」は、ネットワークの規模が大きくなることで、既存ユーザーと新規ユーザーの双方にとって価値が高まる現象だ。例えば「どこでも使える⇒ユーザーが増える⇒売上高が増える⇒加盟店が増える⇒」といった正の循環が働くことで、ネットワークはますます大きくなり、利便性が向上し、さらにユーザーが集まる。
「コスト優位性」は、構造的な原材料の調達コストの低さ、地理的な優位性による輸送コストの低さ、先駆的な研究開発により構造的に生産コストを引き上げた例などを挙げることができる。当社は10年、20年という単位で競争優位性を考えているので、単に規模が大きいから優位というものではない。
「効率的な規模」とは、限られた規模で、既存企業が効率的にサービスを展開している市場だ。新規参入しようとしても、資本コストを下回るリターンしか期待できないため、新規参入のインセンティブが生まれない。低成長・低収益の市場で、重い初期投資が必要とされ、少数の企業で寡占されている業界が当てはまる。
◆客観性、一貫性を重視
-レーティングの決定プロセスは。
伊藤氏 可能な限り、客観性と一貫性を保つことを重視している。レーティングは、「モート・コミティー」と呼ばれる委員会で、メンバーによる多数決で決定している。委員会メンバーは、グローバルに展開する110人のアナリストの中から選出された20人で構成している。
アナリストは、事業環境に変化が見られるときや、新たな事実が見つかったときのほか、少なくとも5年に1度、担当企業のレーティングの見直しを委員会に提案する。委員会は、週4回開催され、1度に最大4銘柄を議論している。
◆投資可能性を重視、セクター・地域分散に配慮
-指数への活用は。
川崎氏 当社は、「Morningstar エコノミック・モート・レーティング」を活用して、指数を算出している。客観的なルールにより、規律ある銘柄入れ替えを行い、一貫性のとれた指数とすることをめざしている。
実際の運用でご利用いただくために、指数の投資可能性を重視している。流動性基準や独特の銘柄入れ替え手法を採用することで、投資可能な資産規模を増やす工夫をしている。さらに、セクターや地域レベルの配分の上限を設けることで、ポートフォリオが十分な分散を保てるようにしている。
◆アクティブにエクスポージャーを狙う「戦略的ベータ」
-指数の特長は。
川崎氏 一般的に指数には、東証株価指数(TOPIX)のように市場全体の値動きを表す「時価総額加重平均型」のものから、例えば自己資本利益率など定量分析を基準にした「スマートベータ指数」などがある。
この指数は、アナリストによる企業調査という定性評価を活用した非常にユニークなものであり、モーニングスターならではの作成手法と考えている。アクティブにエクスポージャーを取りに行くことから「戦略的ベータ」と位置づけている。
◆楽天投信、グローバルX
-日本の公募投信での採用状況は。
川崎氏 楽天投信投資顧問様が、「Morningstar ワイド・モート・フォーカス株式指数(円換算ベース)」に連動する投資成果をめざす「楽天・モーニングスター・ワイド・モート・フォーカス・インデックス・ファンド」を2024年2月2日に設定した。
リサーチチームの調査で「Wide Moat」の評価が付いた米国株式銘柄の中から、流動性やセクターの偏り、投資可能性などに配慮した上で、割安で取引されている上位40~80銘柄を均等過重平均でウェイト付けして指数にしている。
また、Global X Japan様は、「Morningstar 米国中小型株モート・フォーカス株式指数(税引前配当込み、円換算ベース)」に連動する投資成果をめざす「グローバルX Morningstar 米国中小型株 Moat ETF」を2023年7月11日に設定した。東証に上場している。
米国中小型株式銘柄の「Wide Moat」または「Narrow Moat」の銘柄の中から、流動性やセクターの偏り、投資可能性などに配慮した上で、割安で取引されている上位75~150銘柄を均等過重平均でウェイト付けして指数にしている。