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拡大するインパクト投融資=43社が署名、残高3.8兆円に-金融機関が先駆的な取り組みを報告

2023年01月20日 15時00分

 民間による投融資で環境・社会課題の解決に取り組むことを表明する「インパクト志向金融宣言」に署名した金融機関は昨年末、発足から約1年間で43社に倍増した。この間、経済的リターンと社会課題解決の両立を目指すインパクト投融資の残高は、3兆8500億円に拡大した。事務局を務める一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)が、1年間の活動を「プログレスレポート2022」にまとめた。

 このほど開催された報告会では、豊かな未来を目指して、金融機関が起点となり、投資家や預金者、企業を巻き込んで新しい資金の流れを創造する、さまざまな先駆的な取り組みが紹介された。報告会の主なポイントをまとめた。

◆インパクト投融資へ、強まるベクトル

<写真①>全体


「インパクト投融資は、環境・社会・ガバナンスを重視するESGファイナンスの次に来る『Beyond ESG』であり、そのベクトルは日増しに強まっている」-。インパクト志向金融宣言 運営委員会の委員長を務める三井住友トラスト・ホールディングス フェロー役員の金井司氏は、インパクト投融資の現状について、こう分析した。

 その要因として「コーポレートガバナンス(企業統治)や人的資本など、企業の根幹にある非財務的要素は、企業がリターンを生み出す上で重要であることがコンセンサス(共通認識)になった。さらに『社会にとって良いことをすることがビジネスを成功させる必要条件である』ことが顕著になっている」と説明した。

 その上で「気候変動などの社会課題の解決には莫大な資金が必要であり、公的な資金だけでは対応しきれない。民間の資金を社会課題解決に結びつける、金融機関の役割に期待が高まっている」と指摘した。特に日本においては、投資よりも融資の比率が大きいことから、「中小企業に対して融資を通じて大きな影響を与えている地域金融機関の役割が重要だ」と強調した。

◆世界に先駆けPIFを開始-三井住友トラストHD

三井住友トラスト・ホールディングス金井氏


 この日の報告会には四つの金融機関が参加、最初に金井氏が三井住友トラスト・ホールディングスの取り組みを紹介した。同行は、経営のパーパスを「信託の力で、新たな価値を創造し、お客さまや社会の豊かな未来を花開かせる」と定義し、「社会的価値創出と経済的価値創出の両立」を経営の根幹に掲げて、インパクト志向の金融を推進している。

 具体的には、2019年に、世界に先駆けて、資金使途を限定しない事業会社向け融資「ポジティブ・インパクト・ファイナンス(PIF)」の取り扱いを開始した。「企業活動が経済・社会・環境にもたらすインパクトを分析・評価し、ネガティブ・インパクトの低減とポジティブ・インパクトの増大について目標を設定、継続的にエンゲージメント(企業との対話)を実施して、目標の実現を目指している」という。

 さらに、自社の資金でインパクトを与えることを目指して「インパクト・エクイティ」として5000億円の投資枠を設定した。今後10年にわたって投資を行い、ほかの投資家の資金も呼び込むことでさらに大きな流れを作っていく方針だ。

 また、ユニークな取り組みとして、理系学部出身の社員十数人で構成するテクノロジー・ベースド・サイエンス・チームを作った。専門的な視点で脱炭素等の先端技術のインパクト評価を行ったり、企業の開発した新技術の社会実装を支援したりしている。

 金井氏は、インパクト志向の金融を実現するポイントについて「パーパスを立て、商品を提供することに加えて、取締役会や経営会議が関与しながら、経営の中にインパクト志向金融を定着させていくことが大切だ」と話した。

◆インパクトファンドを設定-りそなAM

そなアセットマネジメント執行役員の松原稔氏


 運営委員会の副委員長で、りそなアセットマネジメント執行役員の松原稔氏も、インパクト志向の金融サービスを推進するポイントとして経営が関与することの重要性を指摘した。「ボトム・アップを積み上げることでインパクト投融資の浸透を図るとともに、トップ・ダウンで経営者がインパクト志向経営を実現することが重要になる」という。

 その上で、りそなホールディングスの取り組みについては、「中堅・中小企業に一歩でも前に進んでいただくことを主眼として、『リテール・トランジション・ファイナンス目標』を立てた。2030年度までに累計取扱高10兆円をターゲットとしている」と説明した。カーボンニュートラル(温室効果ガス排出の実質ゼロ)の実現や、人材登用における女性の活躍推進などに向けて取り組みを強化している。

 りそなアセットマネジメントでは、2本のインパクト投資ファンドを設定した。日本株に投資する「日本株式インパクト投資ファンド」は、「相互に絡み合う社会課題の『負の連鎖』に歯止めをかけ、好循環への転換を図ることを目指しており、社会課題解決に尽力する企業に長期にわたって伴走し、共にゴールを目指す」。世界株に投資する「グローバルインパクト投資ファンド(気候変動)」は、「気候変動の解決に貢献する企業への投資を通じて、将来世代の豊かさ・幸せの実現に取り組む」という。

 二つのファンドでは、インパクトを可視化してレポートを発行するとともに、投資先企業とインテンション(意図)の達成に向けた協業を進めている。松原氏は、投資先企業との対話の成果について「企業自身に『自ら事業活動が世の中を良くしていること』を実感してもらえた。さらに当社も『社会価値を創出するサポーターとしての金融機関の役割』を確認することができて、運用担当者の意欲が高まった」と強調した。

◆国内初、中小企業向けPIFを実施-静岡銀行

コーポレートサポート部 法人ファイナンスグループ グループ長の新村剛規氏


 静岡銀行 コーポレートサポート部 法人ファイナンスグループ グループ長の新村剛規氏は、同行の取り組みについて「基本理念『地域とともに夢と豊かさを広げます』のもと、地域金融機関としてファイナンス面を中心に、環境問題等への積極的な取り組むことにより、郷土の豊かなうるおいのある自然環境を守り、持続可能な社会の実現に貢献すべく努めている」と説明した。

 地方を取り巻く環境について「コロナ禍を経て、デジタル化や脱炭素といった不可逆的な『時代の変化』が加速しており、地方企業においても、変化の中に自社の『将来につながる兆し』を見いだし、持続可能性を高める推進力に変える姿勢が不可欠になっている」と分析している。

 静岡銀行は2021年に国内の金融機関として初めて、中小企業向けの「ポジティブ・インパクト・ファイナンス(PIF)」の取り扱いを開始した。昨年末までに累計で41件(残高124億円)と件数では国内最多になっている。約20行の地域金融機関とウェブ会議等を通じてPIFのノウハウを共有したり、他行からの出向者を受け入れたりして、インパクト融資のすその拡大に努めている。

 また、中小企業にサステナビリティ経営の重要性を浸透させるために、2022年に静岡県の信用保証協会と「SDGs信用保証制度」を共同開発した。静岡県全体では昨年末までに約6000社の申し込みがあり、サステナビリティ経営を後押ししている。

 さらに、インパクト融資の質の向上に向けて、PIFを実施した企業と対話を継続し、インパクト評価を高める活動(インパクト測定・マネジメント、IMM)を行っている。この取り組みは、環境省の「令和4年度ESG地域金融促進事業」に採択された。地域企業の伴走者として、社会価値の創造と企業価値の向上による地域の持続的な成長に向けた活動を強化している。

◆ソーシャルマインド溢れる地域社会をつくる-京都信用金庫

京都信用金庫理事長


 「京都を中心に関西地域では、ソーシャル企業認証制度を中心としたソーシャルマインド溢れる地域社会づくりを進めている」-。京都信用金庫理事長の田隆之氏は、同金庫の取り組みを、こう説明した。「地域経済を支える中小企業に対するファイナンスは、バブル経済崩壊以降、一般的に『冷たい金融』と評価されてきた。これを『暖かい金融』に変えていく。つまり『金融排除』を『金融包摂』に変えていくことが、われわれのパーパスであり、この事業のゴールだ」と述べた。

 具体的には「スランプ(経営内容に課題がある)」「スタートアップ(創業したばかりで信用がない)」「スモール(規模が小さい)」といった「三つのS」を抱える金融弱者に寄り添う姿勢を明確にし、財務面だけでなく、事業の展開そのものに対して親身に対応している。これに、ソーシャルを加えることで、「四つのS」で地域全体を活性化する方針だ。

 ソーシャルマインド溢れる地域社会を実現するためのポイントは、四つある。1点目は、必須条件となる基本的な考え方だ。田氏は「事業者と消費者が同じペースでソーシャルマインドを高めないと、地域社会はソーシャルに変わらない」と指摘した。「社会全体の価値観が、『自分さえ良ければいい』ではなく、『社会全体が利益を享受する』、つまり『自分よし、相手よし、世間よし』の『三方よし』をベースにすることが必要だ」という。

 2点目は、企業を変える取り組みだ。社会課題の解決を目指す企業を評価・可視化する「ソーシャル認証制度『S認証』」を、京都北都信用金庫と滋賀県の湖東信用金庫、龍谷大学ユヌスソーシャルリサーチサンタ―と共にスタートした。社会課題を①環境②地域・社会③働き方④伝統-など10項目に分類し、昨年末時点で765社がそれぞれの事業の中で解決を目指す社会課題項目を設定し、その取り組みとインパクトが評価され、認証されている。京都信用金庫は「融資先の80%をソーシャルな企業に変えていく」とする目標を掲げた。1月から兵庫県の但馬信用金庫も加わり、4信用金庫でこの活動を広げていく。

 3点目は、預金者を変える取り組みだ。昨年1月から全国で初めて「京信ソーシャルグッド預金」をスタートした。預金者に①地域②文化③医療・福祉④教育⑤環境⑥働き方-の六つから、自分が良くしたいと思うテーマを選んでもらい、テーマに沿った取り組みを行う企業に想いを託せるようにした。また、自分の預金がどのように役に立っているか、情報をフィードバックしている。昨年末の預金口数は8919口、残高は115億円になった。

 4点目は、個人と企業が相互に交流する「コミュニティーづくり」だ。「共感する人がつながるネットワーキングによって、共感の連鎖を行う実現する」ためだ。未来にいいことを考えるイベント「SOCIAL GOOD DAY 2022」を開催したり、通信アプリ「LINE」でつないだコミュニティー活動を行ったりしている。

 田氏は「21世紀はインパクトの時代だ。インパクトは心が動くことであり、心が動かないとヒトは動かないし、心でつながる関係性がより大切になる。共感によって社会を変える。こうしたことをメインテーマにとらえて、心で仕事をすることで、地域をソーシャルマインド溢れる社会に変えていきたい」と強調した。

(※)理事長の名前の漢字は、木へんに神

【ホームページ】一般財団法人社会変革推進財団
https://www.siif.or.jp/

 

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