ウォール・ストリート・ジャーナル
コモディティコンテンツ

マーケットニュース

DC改革に「五つの視点」を提案=「シンプルさ」「規模の十分性」確保を-フィデリティの浦田氏

2022年07月01日 13時00分

浦田春河フィデリティ・インスティテュート首席研究員

 岸田文雄首相が提唱する「資産所得倍増プラン」を受け、少額投資非課税制度(NISA)や確定拠出年金(DC)の制度改革に対する期待が高まっている。フィデリティ投信は、このうちDC改革に必要な五つの視点をまとめた。浦田春河フィデリティ・インスティテュート首席研究員(ヘッドオブDCプロポジション&ソートリーダーシップ)は「人々が容易に理解できる『シンプルさ』と、意味のある金額となる『規模の十分性』を確保することが重要だ」と強調している。

-DC改革の狙いをどこに設定すべきだろうか。

浦田氏 将来へのお金の不安が、日本人のダイナミズムを失わせている側面があると思う。目に見える形で資産が殖えていることが分かれば、安心して、元気に新しいチャレンジができると思う。DC改革の狙いは「日本人の将来不安を解消し、社会の活力をよみがえらせる」ことに置くべきだろう。

 現在、DCの加入者は労働人口の14%程度に過ぎない。また、DC制度創設から20年あまりが経過したのに、資産残高は約19兆円にとどまっている。個人金融資産が2000兆円と言われる中で、百分の1にも満たない。今回の改革では、DCを「わたしたちの制度」と呼んでもらえるぐらい、国民に広く普及させることを目指すべきだ。

-改革のポイントは。

浦田氏 「制度をシンプルにすること」と「十分な規模を確保すること」が重要だと考える。現在の制度は、小粒で、国民の認知度は高いとは言えない。また、仕組みが分かりにくく、今後さらに複雑になる制度変更が予定されていて、ますます一般市民から遠い存在になってしまうことが懸念される。

 当社は、より多くの人が利用したいと思うDCにするため、改革に向けて五つの視点をまとめた。具体的には、①作る側の論理ではなく、ユーザー目線で制度をつくる ②「誰が出した掛け金なのか」という軸でルールを再整備する ③税優遇の限度額は残す一方で、拠出限度額は設けない ④使う気になるインセンティブ(誘因)を導入する ⑤退職所得控除の財源を拠出枠の増大にシフトさせる-だ。

-ユーザー目線で改革を進めるために大切な点は。

浦田氏 今のDC制度は複雑すぎて、仕組みを理解する途中で多くの離脱者が生じてしまっている。制度をもっとシンプルにして、加入者には「老後資産はいくら必要で、その準備としていくら拠出して、どの商品で運用すればいいか」という、資産形成のコア(中核)部分に頭を使ってもらえるようにすべきだろう。

 例えば、現在の拠出限度額は、加入者自身が「サラリーマンか、自営業か、専業主婦(主夫)か」「企業年金のある会社か、退職金だけの会社か」といった状況の違いによって、細かく分かれており、「自分がどこに該当するか」を調べるだけで疲れてしまう。本人が拠出する掛け金については「全国民統一の税優遇額を、例えば一万円単位の切りのいい数字で設定する」ことが適当だと考える。それによって、使いやすさや親しみやすさが大きく前進するだろう。

 このほか、人間の活動の傾向を分析した「行動経済学」の知見を取り入れることも重要だろう。例えば、英国では「原則として全員加入だが嫌な人は退出できる」とするオプトアウトの考え方を取り入れることで、DC制度の加入率を高めている。

-「誰が出した掛け金なのか」でルールを分けるとは。

浦田氏 いまのDCは、「事業主拠出の掛け金」と「個人拠出の掛け金」をひっくるめて管理する制度になっている。ただ、事業主と個人では、掛け金を出す動機や目的が違う。具体的には、事業主は「社員の福利厚生として、優秀な人材を集め、やる気を維持して、長期に働いてもらうための人事政策、あるいはキャッシュフローを安定化させるといった財務政策を遂行するため」に掛け金を出している。一方、個人は「自分や家族の老後の生活費というかけがえのない資産を形成するため」に掛け金を出している。それぞれの性格に合わせて、ルールを再編してみてはどうだろうか。

 事業主掛け金は、上記のように各社さまざまの人事戦略や財務戦略に基づいて決定される。事業主は厳しい競争の中で収益を上げるため、福利厚生の費用を無尽蔵に出せるわけではない。このため、事業主掛け金の水準は、労使にまかせて自由に決定できるようにすべきだろう。また、退職金と同じように、退職を事由に何歳であっても引き出せるようにしてはどうか。

 一方、個人掛け金については、自助努力に基づいた老後資金の準備なのだから、60歳まで引き出せないという現在のルールを維持することが適当だ。また、金持ち優遇にならないように、税制上の優遇措置に限度を設けることも引き続き必要だろう。

-税優遇と拠出限度額の扱いは。

浦田氏 拠出限度額をなくして、DC口座で全ての老後資金をワンストップで管理できるようにすれば、視認性が高まり、「これだけの金額があるから老後は安心」と判断できるようになるだろう。老後資金の管理が楽になるだけでなく、個人のマネー・リテラシーを高めるきっかけになることが期待される。

 老後に必要なお金の水準は、人によってさまざまだ。一人一人所得水準も資産状況も違う。誰であっても老後資金をワンストップで管理する口座にできるように、DC制度に十分な規模を持たせてはどうだろうか。

 一方、税の公平性を確保し、DCを金持ち優遇の制度にしないために、拠出限度額とは切り離して、税制上の優遇枠の議論をすべきだろう。例えば、生命保険料控除は、自分に必要な保証額は自分で決められるが、税の公平性は別途担保される仕組みになっている。これにならってはどうか。

-DCに加入を促すインセンティブのあり方は。

浦田氏 現在、DC制度の加入を促進するインセンティブは、個人掛け金に関しては所得控除だ。ただ、日本の多くのサラリーマンは、確定申告を行わず、所得税への感度が高くないため、DCのメリットを実感できない人が多い。つまり税優遇が加入インセンティブとして効いているとはいいがたい。

 そこで、新たなインセンティブ制度として「政府マッチング制度」を検討してはどうか。政府マッチングとは、例えば、個人がDCに1万円掛け金を拠出すると、政府が5000円の上乗せ(=マッチング)拠出を出してくれるという制度だ。所得控除と違うのは、対象者を絞ることもできるという点だ。たとえば、老後準備といってもピンとこない若年層に限定して付与し、投資家の裾野を拡大するなど、柔軟な設計ができる。対象をしぼれるので、所得控除よりも効率的に財源を使えるだろう。

 積み立て投資を長期にわたって継続して行うことで、若い人ほど複利の効果を活用できて有利に資産形成できる。ただ、初めて投資にチャレンジする際には、大変なエネルギーが要る。分かりやすいインセンティブがあれば、彼らの背中を強く押すことができるのではないか。

-退職所得控除はどうあるべきか。

浦田氏 退職所得控除とは、退職金などに対する税額を計算する際に、勤続年数に応じて課税対象額を減額する制度だ。勤続年数が20年以下の部分は1年につき40万円、20年超の部分は1年つき70万円が減額される。一つの企業に長く勤務した人が有利になるなど、終身雇用を支えてきた税制だ。人材が流動化し転職が当たり前になった現在の雇用事情に合わないため、政府や与党の税制調査会でも見直しが議論されている。DCの掛け金引き上げに当たっては、この退職所得控除の見直し部分を財源に考えてはどうだろうか。

【調査研究・政策提言 Vol.4】岸田首相掲げる「資産所得倍増プラン」実現に必要な視点=フィデリティ投信
https://www.fidelity.co.jp/articles/research/2022-06-29-dc-vol4-jp-1656042702011

 

ウォール・ストリート・ジャーナル
オペレーションF[フォース]