AM-One、「未来をはぐくむ研究所」を設立=新NISAに向け、金融経済教育の発信強化-伊藤所長に聞く
2023年12月13日 08時00分
アセットマネジメントOneは、「未来をはぐくむ研究所」を設立した。資産形成や金融経済教育に関する情報発信を強化する。来年1月にスタートする新しいNISA(少額投資非課税制度)を、これまで投資に踏み出せなかった人たちが動き出すチャンスと捉え、「一人ひとりが、現在および思い描いた将来に向け、お金とより良い関係を作り、安心して人生を楽しむことができる未来」の実現を目指す。同社執行役員企画本部副本部長で、未来をはぐくむ研究所長の伊藤雅子氏に話を聞いた。
◆「人生の豊かさ」と「社会の豊かさ」の好循環を回す
-設立の目的と抱負は。
伊藤氏 資産運用会社には、二つの大きな役割がある。一つ目は、お客さまの資産を預かる「受託者」として、お客さまに商品・サービスを提供し、資産形成をサポートする。二つ目は、お客さまから預かった資金を運用する「責任ある投資家」として、投資先企業との対話(エンゲージメント)等によって企業価値を高め、環境・社会課題の解決を促す。
運用会社がドライバーとなって、この二つをつないだインベストメント・チェーンを回すことで、「個人の人生の豊かさ」と「社会の豊かさ」の両方をはぐくむ好循環が動き出す。「投資の力」はその原動力になる。
当社のコーポレート・メッセージ「投資の力で未来をはぐくむ」には、この重大な責務を成し遂げようという強い決意が凝縮されている。しかし、残念ながら資産運用会社はまだまだ個人に馴染みのある存在ではない。インベストメント・チェーンそのものを信頼いただくためには、そのドライバーたる資産運用会社をきちんと知ってもらうことが欠かせない。当研究所では、個人のみなさんに直接届く形で、投資の力をもっと身近に感じてもらうための取り組みを推進していきたい。当社コーポレート・メッセージを冠した「未来をはぐくむ研究所」という名前にその思いがこめられている。
◆「知識が不十分な人」「関心がない人」に真摯に向き合う
-金融経済教育の対象者は。
伊藤氏 当研究所では、「そもそも関心がない人」「関心はあるが、知識が不十分で行動に移せていない人」「知識が不十分なまま行動している人」などを中心に、ポジティブな金融行動が起こせるような後押しをしていきたいと考えている。
実は私自身、運用会社に身を置いて今年で20年となる。その間全国を回り、販売会社の営業員向け研修や一般投資家向けセミナーで投資信託を直接伝える仕事に邁進してきたが、貯蓄の山はなかなか動かなかった。今も日本の個人金融資産の約半分が預貯金に眠ったままとなっている。
来年1月スタートの新NISAは、「地殻変動」と言えるようなインパクトになり、これまで投資に無関心だった人たちが投資に動き出すきっかけになる可能性がある。制度が恒久化され、非課税保有限度額の規模も大きいためだ。日本人は制度が変わると大きく動くことがある。2014年にNISAが始まり、2018年からは「つみたてNISA」で若年層の一部が投資を始めるなど、10年間の助走期間を経て、NISAの知名度はこれまで以上に高まっている。インフレの足音がはっきり聞こえるようになった環境変化も大きい。
ただ、せっかく投資に踏み出しても、相場変動が怖くなってすぐに投資をやめてしまっては意味がない。また「投資を始めたい」と思っても、十分な知識がないために動き出せない人が多く出てくるかもしれない。そうした人たちが、長期を見据えた投資を継続したり、始めたりできるようにサポートしていく。
◆中立・客観的な立場で届ける
-活動方針や内容は。
伊藤氏 中立・客観的な立場で、個人の資産形成に関する情報を発信していく。商品と切り離すため、当研究所は、営業本部ではなく、企画本部の中に設置している。
世の中にはすでに「NISAやiDeCo(イデコ、個人型確定拠出年金)といった制度の話」や「長期・分散・積立といった投資手法の話」があふれているが、理解、浸透が業界の期待通りに進んでいるとは言い難い。コンテンツが「金融業界にいる人の当たり前」で作られていることが多いからではないか。
そう思うに至ったのは、年度初より当社のCX(顧客体験)推進担当となり、ユーザーの一連の行動を書き出して、痛点がどこにあるかを探す議論を繰り返したことが大きい。
金融に馴染みのない人は、商品やサービスに接触するもっと手前でメンタルブロックを起こしている。投資に関心を持ち、実際の行動に至るまでの一連の流れについて、個人の目線で、感情に寄り添って、一緒に考えるようなコンテンツが必要だろう。家計を管理して投資に振り向ける余剰を作り出す方法や、投資はあくまでファイナンシャル・ウェルビーイング(お金の不安を取り除いて、安心して生活すること)達成のための一要素であることを理解してもらったりすることも大切だ。
◆「プラスサム」「ゼロサム」「マイナスサム」
-例えば「投資とは何か」はどのように話したらいいだろうか。
伊藤氏 私は前職の銀行で為替ディーリングを担当し、その後、運用会社に転じた。短期と長期の両方の投資の世界を見ている。
お客さまは、実にさまざまだ。それぞれに立場や職業によって、考え方も行動原則も違う。それぞれのお客さまに合った、よりパーソナルに近い話題や切り口を追求することが大切だ。
先日、投資という言葉にネガティブな思い込みを持つ職業の方々にお会いした時には、時間をかけて「プラスサム」「ゼロサム」「マイナスサム」の話をした。例えば、宝くじは「マイナスサム」の世界だ。配られる賞金の総額は、集まった売上金よりも小さい。FX(外国為替証拠金取引)などは「ゼロサム」の世界だ。勝つ人がいる一方で、負ける人がいて、損益の合計はゼロになる。
一方、株式の長期投資は「プラスサム」の世界だ。投資家の資金は、企業に投資されて企業が成長し、成長の果実は投資家に還元される。企業の活動によって社会も豊かになるなど、個人・企業・社会の「三方よし」になる。株式投資でも短期で売買を繰り返せばゼロサムのゲームになってしまう。しかし、企業の成長を見守る長期投資を行うことで「プラスサム」となり、その成果をみんなが享受できる。
この時は、長期投資とギャンブルが持つ性格の違いを明確にすることで、聴衆の多くの方が持っていた疑念が和らいだと思う。もし「長期・分散・積立」のような投資手法の話だけをしていたら納得してもらえなかっただろう。相手の前提に立って工夫することが大切だ。
◆「伝える」と「伝わる」はまったく違う
-金融経済教育に携わる中で大切にしていることは。
伊藤氏 「伝える」と「伝わる」は、まったく違う。これまでそのことを常に意識してお客さまに接してきたし、研究所でも変わらない。具体的には、「伝える」は、自分の思いや考えを相手に説明すること。一方「伝わる」は、自分が伝えたことを通じて相手が影響を受け、行動に移すことだ。
金融商品は目に見えず、手に取ることもできないので、一方的に「伝えた」だけで動いてもらえることはまずない。だからこそ、ライフイベントやお金のことを考える様々なタイミングで、投資の力を身近に感じてもらうことから始めたい。当研究所では、金融の世界に閉じずに、異業種とのコラボレーションなども積極的に進めていく。