投信残高、過去最高の更新続く=積立投資の利用者は倍増-投信協会の松谷会長に聞く
2023年06月22日 09時00分
公募投信の増加基調が鮮明になってきた。2023年5月末の株式投信(除くETF)残高は、93兆円と4カ月連続で過去最高を更新し、4年前(62兆円)の1.5倍に拡大した。国内外の株価上昇に加えて、確定拠出年金(DC)や少額投資非課税制度(NISA)を利用して積立投資を行う加入者が約2000万人と4年前の2倍に増えるなど、積立投資を通じた資金流入が続いている。今月末をもって投資信託協会会長を退任する松谷博司氏に、投信市場の変化を振り返ってもらった。
◆NISAやDCの整備が進む
-就任当初の投資環境は。
松谷会長 19年7月に投資信託協会の会長に就任した。当時は、一般の生活者の資産形成に関する環境整備が、ようやく緒に就いたところだった。
具体的には、14年に、証券取引に関する軽減税率に代わって、少額投資非課税制度(NISA)が導入された。軽減税率は、個人投資家の売買を促進する税制だったが、NISAは「株式や投信を少なくとも5年以上保有することを促す制度」であり、長期投資の普及に向けて一歩を踏み出すものだった。ただ、利用者は「既に投資をしている人」や「一定程度、金融資産を保有している人」がほとんどであったろう。
続いて17年には、個人型確定拠出年金(iDeCo)が拡充され、公務員や主婦などが加入できるようになった。さらに、18年に「つみたてNISA」がスタートするなど、「長期・分散・積立」による資産形成を促す制度が次々と整備された。
-当時の投資信託の認知度は。
松谷会長 投資信託は「資産形成の主な手段たるべき仕組み」だが、当時は、広く国民に認知され、浸透している状況ではなく、「社会生活を支える重要なインフラの一つ」と言うには、ほど遠かった。
ただ、2019年6月に、金融庁の研究会がまとめた報告書を端緒に「老後資金として2000万円が必要だ」とする議論が盛り上がった。結果としては、これが公的年金の将来に漠然と不安を抱いていた方々が資産形成に向かう契機となった。
◆2019年、初めて「解約>設定」に
-当時の投信市場の資金動向は。
松谷会長 19年の公募株式投信(除くETF)の資産増減額が、マイナス5000億円になった。マイナスになるのは、現在の形で統計を取り始めた1998年以来、初めてのことであり、年間を通じて投信の解約額が設定額を上回った。
日本は、約2000兆円と言われる家計金融資産の3分の2を高齢世代が保有している。だとすれば、高齢化が進む中で、現役時代に蓄えた資産を取り崩しながら、高齢期の生活に活用することは、当然に起ことであり、解約が増える一因にもなる。
より本質的な問題は、現役世代の資産形成が進んでいないことにあると捉えるべきであり、一般の生活者の方々に対し、「どうやって資産形成を支援するか」という課題に対し、さらにスピードアップして対応策を推し進める必要性を改めて認識した。そうでもないと、結果として、資産運用業界は縮小再生産に陥ってしまうという危機感を強めたのも確か。
◆「なぜ資産形成が進まないか」=研究会で議論
-協会の取り組みは。
松谷会長 協会として二つの取り組みを実行した。一つ目は「すべての人に世界の成長を届ける研究会(通称:つみけん)」の設置だ。今一度、「なぜ日本で投資による資産形成が進んで来なかったのか」について、研究者中心に有識者を招き、徹底的に議論してもらった。その成果を21年5月に「つみけん報告書」にまとめた。
報告書では「2041年の資産形成のありたい姿」として、二つのビジョンをまとめた。具体的には「“すべての”人が、少しずつ時間をかけて、投資を継続し将来のために備えることが、今この瞬間を大切に生きることに繋がると認識され、実践されている社会」と「“すべての”人にとって投資を継続することが社会への参画であり、持続可能な社会を創造することに貢献できると認識され、実践されている社会」だ。その上で「現役世代の年代別保有金融資産の中央値を2倍にする」などの五つのTargetsを掲げた。
松谷会長 22年に公表した報告書は、団塊ジュニアに焦点を当てて、課題をまとめた。また、ストーリー形式で分かりやすくライフプラン作りを紹介する別冊のハンドブックを作成した。
資産形成を長く続けるためには、投信を購入した後のアフターフォローが重要になる。短期的に値下がりした局面で怖くなって売ってしまったり、利益が出たら売ったりということを繰り返すと、長期にわたる資産形成という目的は達せられない。各人のライフプランに合わせて計画を立て、しっかり長期に保有し続けてもらえるように、一人一人に寄り添ってサポートしていくことが大切だ。
◆資産運用業界の使命
松谷会長 二つ目は、「資産運用業界自身がどうあるべきか」について、日本投資顧問業協会と協議会を作って議論した。その成果を「資産運用業宣言2020」にまとめて、公表した。
資産運用業界は、「個人の資産形成をサポートする」と共に、「預けていただいたお金を企業等に投資し、オーナーシップを発揮してエンゲージメント(企業との建設的な対話)を行い、社会を良くすることに貢献する」という二つの使命を担っている。
◆オンラインが新たな武器に=動画配信を推進
-コロナ禍の影響は。
松谷会長 「老後2000万円問題」が話題になり、資産形成に向けた機運が高まったことを受け、投資信託協会ではセミナーや勉強会などの普及活動を推進した。しかし、2020年に新型コロナウィルスの感染が拡大すると、対面での活動が制限されるようになった。
当協会では、それを好機と捉え、メッセージや教育コンテンツの動画配信に力を入れた。いずれも大変好評だった。視聴件数が多いことに加えて、1回当たりの視聴時間が長く、多くの方に興味をもって見ていただいている。
多くの投信は、証券会社や銀行を通じて販売されるため、運用会社が直接、顧客に接する機会は限られていた。しかし、コロナ禍の影響でオンラインのセミナー等が普及したことで、運用会社はオンラインという新しい情報発信の手段を手に入れ、直接、顧客に語り掛けることができるようになった。
投信協会は、コロナショックで株価が下落する中、運用各社のトップが直接、「Stay the course(やり抜こう)」「慌てない、目標を忘れない、続ける」と長期投資の継続を呼びかける動画を制作・発信した。さらに、「ESG(環境・社会・ガバナンス)」や「ライフプランニング」をテーマにした資産形成を普及・促進する動画を発信したほか、「16歳の自分に教えたいお金との正しい付き合い方」といった高校生に向けて正しく金融や投資を理解してもらえるようなコンテンツを作成し、ホームページに掲載した。
◆投資には社会を良くする力がある
-投資家にメッセージは。
松谷会長 ライフプランあっての資産形成だ。それを明確にしておかないと、途中で止めてしまうことになりかねないので、まずは、しっかりとライフプランを立てていただきたい。また、お金はあくまでも手段だ。お金に振り回されることなく、楽しく生きるという目標を実現してほしい。
「資本主義は格差を広げる」と言われることがある。しかし、起業家(アントレプレナー)になって何十億円もの資産は作れなくても、ごく普通の人が毎月1万円、2万円の積立投資を継続して長期に資産形成することで、自分のライフプランを実現することができる。
資産形成の王道は、「長期・分散・積立」だ。抜本的に拡充されるNISA制度も有効に活用し、日本も含めてグローバルに分散することが大切だと思う。投資に慣れてくれば、自分の趣味・趣向に合わせて、気候変動や教育、テクノロジーなどの課題解決を目指すファンドに投資して、社会に参加することもできるだろう。
「資産形成」と「自分たちの社会を良くすること」は、投資を通してつながっている。コツコツと資産形成を続けていくことが、社会を良くし、今を大切に生きることにつながる。一人ひとりができる投資は少額かもしれないが、それが集まれば社会を動かす大きなお金になる。
「つみけん」の報告書では、「成人(18歳)になったら月々1万円の投資を始めよう」と呼びかけた。老後が不安だから投資しようと考えることも大切ではあるが、投資には社会を良くする力があり、自分たちが動くことで未来を良くすることができると考えることの方が、楽しいのではないか。楽しければ長く続けられると考えている。