サンプル(過去記事より)
市場に立ちはだかる七つのリスク
気候変動、人口動態、AI、地政学、インフレ、ミーム、SPAC
パラダイムシフトに直面
過去の実績は将来の結果を示すものではない。リスクについても同じことが言える。市場が上がったり下がったりするように、リスクも浮き沈みする。リスクは市場が注目する材料やレバレッジ、投資家心理などの影響を受けて変化する。
私たちは新しいリスクのパラダイムシフトに直面している。短期的で煩わしいものもあれば、長期的で構造的なものもある。明確にリスク計算をしなければ、正しく理解できない。
リスクのカウントダウンを始めよう。
7 特別買収目的会社(SPAC)。このリストのウォーミングアップに最適だ。SPAC自体が顕著なリスクと言うわけではないが、これまで考案された最も規律のない組織体の中で資金がもがいている。
6 ミーム株。インターネット交流サイト(SNS)が言論に対して行ったことを、市場に対して行っている。アプリは投資を多人数参加型のゲームに変えた。多くのプロの投資家が傍観しているため、市場への影響が増幅されている。ミーム株以外にも、仮想の世界から出現した投資もある。暗号資産(仮想通貨)と非代替性トークン(NFT)だ。これはチューリップマニア(16世紀のオランダのチューリップバブル)レベルのリスクだが、現時点では自己限定的なものだと考えられる。
5 インフレ。ジェラルド・フォード大統領のWIN(インフレに打ち勝つ)キャンペーンを思い出そう。インフレが頭をもたげていたのは、あの時代が最後だった。数年前まではインフレリスクを心配するとあきれられたものだ。現在は公的資金をばらまくヘリコプターマネー、コストプッシュ、デマンドプルなどあらゆる方向でインフレ圧力が強まっている。市場の脆弱(ぜいじゃく)性と集中度、レバレッジを重ね合わせると、このリスクは倍増する。
4 地政学。SNSの影響もあり、地政学はバルカン化(対立する小国に分裂する状態)とポピュリズムに向かって変化している。市場にとっては効率性の低下、サプライチェーンの脆弱性、市場の断片化などがリスクとなる。グローバリゼーションは2世代にわたって築き上げてきた世界だ。バルカン化が続けば、今後数十年に及ぶリスクとなる。
3 人工知能(AI)。AIがワイルドカードである理由は、その中核にイノベーションと創造性があるからだ。このリストの中で最も不確実性の高い「未知なる未知」のリスクと言える。仕事が無くなる、プライバシーが無くなる、戦争行動の変化、何でも起こり得る。
屈辱的な課題
2 人口動態。長期的かつ構造的なリスクをもたらす一方で、非常に管理しやすいリスクでもある。人口動態を考慮に入れなければ、数十年先の労働力や退職者の構成と規模、貯蓄や投資をしている世代とそうでない世代を見極めることができる。これから生まれてくる世代の文化は分からない。仕事、貯蓄、持ち家の価値観は世代ごとに異なる。ベビーブーマーと2000年以降に成人となったミレニアル世代は違う。ミーム投資はその一例だ。
1 気候変動。環境活動家のグレタ・トゥンベリさんは学校に戻っているかもしれないが、新型コロナウイルスのリスクが収まれば、トゥンベリさんをタイム誌の「今年の人」に押し上げた気候変動リスクが本格的に市場に戻ってくる。
気候変動リスクは二つの方向性から、二つの時間軸で市場を襲う。方向性の一つは地域や産業界への影響、もう一つは環境、社会、企業統治(ESG)の取り組みだ。時間軸の一つは「ミンスキー・モーメント」と呼ばれる。これは幅広い投資家が長期的なリスクに気付き、それに応じて価値を決定するものだ。もう一つは数十年後に移民問題、サプライチェーンの悪化、熱波による死亡などのリスクが顕在化することだ。
これらのリスクはリスクマネジメントにとって屈辱的な課題となる。私たちは新たなリスクに直面している。このリスクによるパラダイムを把握するためには、標準的なリスク観はもちろん、歴史に頼ることもできない。日々の市場の変動の中で、近視眼的に統計を見るような現在の投資リスク手法に安住する者は、新しいリスクパラダイムの高波にのみ込まれてしまうだろう。
(注)筆者はモルガン・スタンレー、ソロモン・ブラザーズ、ブリッジウオーター・アソシエーツ、カリフォルニア大学理事会でリスク管理を担当した。2008年のリーマン・ショック後には米財務省でも勤務した。著書に「The End of Theory」「A Demon of Our Own Design」がある。ファブリックRQの創設者で、リスク部門の責任者でもある。