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WEEKLY 2020年6月14日号

大混乱の新興国市場で異彩を放つ革新的企業

Emerging Markets Are a Mess—Except for These Innovators

新興国市場投資は個別銘柄選択の時代に

地理的な「新興国市場投資」の終焉(しゅうえん)

Illustration by Chris Philpot

台湾からトルコまで全く性格の異なる20以上の国・地域が新興国市場という名の下にひとくくりにされ、好調なコモディティー価格や中産階級の拡大に支えられて成長を続けると期待されていた時期があった。しかし、新型コロナウイルスによる危機で新興国市場は、少なくともこれまで考えられていたような単一の資産クラスとしては終わりを迎えるだろう。これらの市場はパンデミック(世界的流行)が始まる前から不調だったが、新型コロナウイルスの影響でさらに後れを取り始めている。上場投資信託(ETF)のiシェアーズMSCIエマージング・マーケッツETF<EEM>は2018年と2019年にアンダーパフォームし、今年に入ってからはマイナス13%と、米国市場のほぼ2倍の下落率になっている。投資家としては新興国市場に見切りをつけたくもなる。

しかし、それは間違いだ。広く新興国市場と分類されている中にも、踏みとどまり、成長を続ける力強い革新的な企業がある。これらの企業は世界レベルの企業であり、米国企業に引けを取らない素晴らしい成長を見せている。こうした企業のパフォーマンスが示しているのは、新興国市場投資はもはや国や地域別に投資するのではなく、個別銘柄を選択する時代になったということだ。

2010年代になり、新興国市場には新たな投資理由が加わった。新興国におけるイノベーション、とりわけテクノロジーの台頭だ。ここ数カ月、このテーマは注目を浴びている。エマージング・マーケッツ・インターネット・アンド・EコマースETF<EMQQ>は、3月の市場のパニックも振り払い、今年に入り約24%上昇している。新興国市場で魅力があるのは、基本的な消費者サービス業や製造業より、ハイテク企業や銀行業だ。ニューバーガー・バーマンの新興国市場戦略責任者、コンラッド・サルダーニャ氏は、「利益率の低いローテク企業は振るわない」と語る。

中国のプラットフォーマーと中所得者層向け消費財企業

アイビー・エマージング・マーケッツ・エクイティ・ファンドのポートフォリオマネジャー、アディトゥヤ・カプール氏は、パンデミックで、食料品配送などのサービスがアリババ・グループ・ホールディング(阿里巴巴集団)<BABA>や同社のライバルであるJDドットコム<JD>の新しい収益源となる時期が早まったと語る。JDドットコムは、新興国市場で将来のテクノロジーを構築している数少ない企業の一つだ。もともとは電化製品や家電製品の販売が強みだが、食品分野で急速に成長しており、他の商品分野にも参入する計画である。同社の株価は2020年に入り既に約64%上昇しており、予想株価収益率(PER)は約38倍とアリババの約26倍よりも高く、バリュエーションを見ると割高感がある。しかし、中国の消費者のオンラインショッピングへの移行は今後も続く兆候を見せており、今月の記念セールの売り上げが好調なら、株価はさらに上昇する可能性もある。

教育サービス事業を展開するニュー・オリエンタル・エデュケーション・アンド・テクノロジー・グループ<EDU>は、新型コロナウイルスによるロックダウン(都市封鎖)の期間中に約1400の実店舗を数週間でオンラインに移行させ、カバーする市場と競争力を拡大した。コロンビア・スレッドニードル・インベストメンツで新興国市場株式のグローバルヘッドを務めるダラ・ホワイト氏は、「学習や消費の自宅シフトは現実に起きており、その結果、根本的に強くなる企業が出てくる」と語る。同社の直近の米国預託証券(ADR)株価は約129ドルで、新型コロナウイルスによる下落からは既に回復し、今年に入り6%上昇している。実店舗については、中国のほとんどの省で再開されているが、海外における受験準備サービスやコンサルティング業務の再開にはまだ時間がかかる見通しだ。

中国強気派の興味を引く可能性のある選択肢としては、乳児用粉ミルクを生産するチャイナ・フェイヘ(中国飛鶴)<6186.香港>や中国版ナイキのリー・ニン(李寧)<2331.香港>など、中国ミドルクラス向け消費関連企業に投資をするミレー・アセット・エマージング・マーケット・グレート・コンシューマー・ファンド<MICGX>がある。新興国市場が好調だった昨年は27%と大きく上昇し、この6週間で大きく反発したことを受けて、今年に入ってからの下落も約4%にとどまっている。

チャイナ・フェイヘの株価は、昨年11月の新規株式公開(IPO)以降、4月下旬までに2倍以上となった。IPO後のロックアップ期間終了で5月に大きく値を下げたものの、株価は回復を始めている他、MSCI指数構成銘柄に加えられた。株価が堅調な背景には売り上げ、利益ともに好調なことがある。リー・ニンも今年後半には再び急成長するはずだ。店舗は再開しており、アナリストは、2023年までに売り上げは倍増し、利益は2.5倍に成長すると予想している。株価は今年に入り約7.5%上昇している。

台湾および韓国の半導体メーカー

革新的で急成長中のハイテク企業が中国に多いのは確かだが、台湾と韓国にも有力な投資候補企業がある。投資会社フォントベル・クオリティ・グロースで新興国市場ポートフォリオマネジャーを務めるブライアン・バンズマ氏は、世界中が次世代通信規格「5G」への移行を加速させる中、パンデミックで起きたデジタル処理容量の逼迫(ひっぱく)は、アジア半導体製造大手の台湾積体電路製造(TSMC)<TSM>およびサムスン電子<005930.韓国>にとって追い風になると語る。

TSMC、サムスン、および同社の韓国ライバル企業SKハイニックス<000660.韓国>は、今年ほぼ損益分岐点まで回復しているが、さらなる改善も可能だろう。バンズマ氏は、コンピューターやスマートフォンの中枢神経である、いわゆるロジック半導体で先頭に立つTSMCを推し、「TSMCはこの分野における最高の企業で、2位のサムスンを大きく引き離している」と語る。

ニューバーガーのサルダーニャ氏は、サーバーやクラウドストレージの拡張で大量に必要となるメモリーチップに強いサムスンとハイニックスを選好しており、「今やメモリーは韓国企業が支配し、米国のマイクロン・テクノロジー<MU>がリードする時代は終わった」と語る。

SKハイニックスの事業は世界の半導体業界でも循環性の高い領域で、同社の売り上げは2018年に34%増加した後、メモリー市場における価格と数量の減少により2019年には33%減少した。ウォール街は、今年はクラウドコンピューティングからの需要と5G対応スマートフォンへの更新サイクルにより、価格、数量ともに安定するとみている。

中南米のプラットフォーマー

中南米の2大市場であるブラジルとメキシコの1人当たり国民所得は中国と同水準にあるが、経済の成長やハイテク分野における多様化では大きく遅れている。ここ数週間は株式市場も回復しているが、カプール氏によれば、アジア以外の市場では再度投資ができるような見通しや信頼感はない。

とはいえ、中南米にも魅力的で革新的な企業は存在する。インベスコの新興国市場株式担当最高投資責任者(CIO)であるジャスティン・レベレンツ氏は、ブラジルを本拠とするオンライン決済プロバイダーのパグセグロ・デジタル<PAGS>に、同氏にとって最大のパンデミック投資を行った。同社の米国上場株は3月下旬に付けた底値の2倍を超える水準まで反発し、同国の通貨レアルが20%下落したにもかかわらず、今年に入ってからのパフォーマンスは約7%の上昇となっている。ブラジルのレストランや店舗が新型コロナウイルスにより閉鎖されていて、同社を支える販売時点情報管理(POS)モバイル決済システムが使用されないため、通年の業績は悪化せざるを得ないものの、決済件数は急速に回復しつつあり、5月28日の第1四半期決算発表によれば、パンデミック前と比較して86%の水準まで戻っている。

中南米で傑出したハイテク企業であるもう1社は電子商取引プラットフォーム企業のメルカドリブレ<MELI>で、同社はアルゼンチンに本拠を置くものの、事業はほとんどブラジルで行っている。消費者が在宅を強いられた結果、第1四半期の商品総販売量は前年同期比で34%増加し、株価は今年に入り55%上昇している。同社の決済プラットフォームであるメルカドパゴは競合のパグセグロと同様に、この数カ月で取扱件数が増加している。中南米における電子商取引は米国や中国と比較すれば大きく遅れているが、ブラジルの電子決済市場は十分な速度で成長しており、同国政府は新型コロナウイルス緊急援助金の給付をメルカドパゴおよびパグセグロを通じて実施することも検討している。

インドの新興IT企業と住宅ローン銀行

インドは市場全体の魅力の点では中南米と東アジアの中間に位置する。シャドーバンキング(影の銀行)業界で破綻が続き、パンデミックによる混乱が起きる前から経済は失速していた。しかし、同国の巨大な若年人口の長期的な成長性は魅力的で、株価が下落している革新的企業には豊富な成長機会が存在する。

バンズマ氏は、インドのシリコンバレーであるバンガロールを中心としたIT企業に注目している。これらの企業は世界中に顧客を持ち、通貨ルピーの下落により経費は相対的に減少している。同氏が有望視しているのが新興企業のHCLテクノロジーズ<HCLT.インド>で、伝統的な大手企業タタ・コンサルタンシー・サービシズ<532540.インド>およびインフォシス<INFY>を急追している。「HCLは下請けサービス業から最上位のサービス企業となり、バリューチェーンの上流へと移動を続けている」と同氏は言う。株価は4月1日以降、40%以上急伸し、年初来でもわずかながら上昇している。過去、買収が続いたことで、経営体力をそがれるとともに利益率やフリーキャッシュフローの下押し要因ともなり業績が安定しなかったが、最近は、ハイブリッド・クラウド・プロジェクトで成功するとともに、デジタルトランスフォーメーション分野での受注に注力することで成長が加速している。新型ウイルスによる混乱で今年度の業績には影響が出るだろうが、アナリストは、同社が来年は反発し、業界トップクラスの成長を遂げると強気の予想をしている。

インドの銘柄で掘り出し物となる可能性があるのはHDFC銀行<HDB>で、将来の何百万人という住宅購入者に住宅ローンを提供する先駆的企業だ。ニューバーガーのサルダーニャ氏は、「インドではマイホームは自分の城だ。延滞率は極めて低く、同行の株のバリュエーションは極めて妥当な水準だ」と言う。

新興国市場という名の広く明確な形のない存在には、過剰債務、無謀な経営、無気力経営など、あらゆる問題が存在し得るが、注意深い投資家であれば、米国市場と同様、将来性に確信を持てる企業を探し出し、市場の混乱の中で投資機会を見出すこともできる。コロンビアのホワイト氏は、「われわれは、革新し、より強力になって危機を抜けられる企業を探している。そうした企業が将来保有したいと思う企業に成長するからだ」と語る。

 

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