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若年投資家、拡大の背景は=NISA、将来不安など4要因-日本総研の内村研究員に聞く

2024年07月25日 08時30分

内村佳奈子研究員

 若年層で投資を始める動きが広がっている。金融庁のまとめによると、30歳代以下のNISA(少額投資非課税制度)口座は2024年3月末時点で、前年同期比29.1%増の678万口座に拡大、全体の約3割を占めている。日本総合研究所 調査部の内村佳奈子研究員に、その背景や残された課題を聞いた。

-若年投資家が拡大した背景は。

内村氏 若年層の投資が拡大した背景には、四つの要因が考えられる。①制度整備に伴うインセンティブの拡大 ②将来不安を受けた資産形成ニーズの高まり ③株価上昇に伴う投資に対する抵抗感の低下 ④デジタル化の進展による投資の容易化-だ。

◆「つみたてNISA」で、投資のハードルが低下

-制度整備の動きは

内村氏 2014年1月にNISAが創設され、2018年1月からは「つみたてNISA」がスタートした。なかでも、若年層の投資経験者が増加した要因の一つ目として挙げられるのが、「つみたてNISA」の普及だ。

 日本証券業協会のアンケート調査(※1)でも、「投資に興味・関心をもったきっかけ」として、「投資に関する税制優遇制度があることを知った」「少額からでも投資を始められることを知った」といった回答が上位となっている。

 金融庁のまとめによると、若年層がより多く利用する「つみたてNISA」の口座数は、2023年12月末時点で972万口座と、一般NISA(1139万口座)と並ぶ規模に拡大した。2024年1月以降は、制度が恒久化され、非課税投資枠が拡充された新NISAの「つみたて投資枠」に引き継がれている。

 少額からでも気軽に投資ができて、税制上のインセンティブも付与されるNISA制度が整備されたことで、若年層が投資を始めるハードルが引き下げられた。

◆「将来不安」で、貯蓄志向が強まる

-資産形成のニーズは。

内村氏 二つ目の要因として「『将来不安』を背景とする資産形成ニーズの高まり」を挙げることができる。金融広報中央委員会の世論調査(※2)で、「金融資産の保有目的」を尋ねたところ、20~30代でも「老後の生活資金」がトップだ。さらに若年層では「特に目的はないが、金融資産を保有していれば安心」といった回答が多くなっている。

 コロナウィルスの感染拡大で経済活動が大幅に抑制されることを経験したり、急激な円安とインフレによりお金の価値が低下することを実感したりすることで、将来に向けて資産形成を行っておこうという流れが強まっているのかもしれない。

 内閣府の調査(※3)でも、「今後の生活において将来に備えるために貯蓄や投資を行う」とする回答が、20~30歳代で増加傾向にある。このことは、実際の行動になって表れており、総務省の調査(※4)を見ると20~30歳代の消費性向は、ほかの年齢層と比較して低位で推移している。貯蓄志向の高まりから、消費に対して慎重になっている可能性がある。

◆株価上昇で、投資の抵抗感が低下

-マーケット動向の影響は。

内村氏 三つ目の要因として「株価上昇を受けた投資に対する抵抗感の低下」が考えられる。若年層では、リーマン・ショック(2009年)のような経済危機や株価暴落を、当事者として経験している人が少ない。2012年に発足した第二次安倍内閣が打ち出した経済政策「アベノミクス」以降、持続的に株価が上昇する中で、投資に対する抵抗感が低下している可能性がある。

 投資信託協会の調査(※5)で、若年層に「投資のリスクに対する考え方」を尋ねたところ、「リスクがあっても長期で増える可能性があるなら投資したい」とする回答が4割強を占めて首位だった。「お金が減るのは嫌なので投資したくない」は3割弱にとどまった。

 投資信託協会の別の調査(※6)では、「投資信託を購入する際に重視すること」について、20~30代では、「値上がりを期待する人」が増加する一方で、「値下がりの不安が少ないことを重視する人」は低下している。一定程度の投資リスクを許容し、収益機会を重視する傾向が見られる。

◆デジタル化で投資が容易に、ポイントも貯まる

-投資する際のツール等の状況は。

内村氏 四つ目の要因として、投資環境のデジタル化で投資が容易になったことが挙げられる。証券口座の開設や売買などをオンライン上で完結できる環境が整備された。特にコロナ禍を経て、デジタルベースの証券取引が増加しており、オンライン証券の新規口座開設数が増加している。

 とりわけ、ITリテラシーが相対的に高い若年層は、こうしたツールを積極的に活用している。日本証券業協会の調査(※7)によると、「投資信託に投資する際のチャンネル」
として、「スマートフォンをメインで使っている」と回答した人が、若年層では半数以上を占めた。

 投資信託協会の調査(※5)を見ると、「投資に関する情報源」として、若年層ではYouTubeやX(旧Twitter)が活用されていることが分かる。また、日本証券業協会の調査(※8)では、「最も良かった金融教育の媒体」について、「動画サイト(YouTube等)」とする回答がトップだった。

 さらに、若年層では「投資でポイントが貯まる」ことを重視する傾向がある。ネット証券や通信会社は、クレジットカード等のポイントを活用した投資サービスを拡充している。ポイントの活用が、若年層を開拓する切り口となり、彼らの投資意欲を高めている。

◆無関心層や金融教育未経験者が残る

-残された課題と対応は。

内村氏 投資に無関心な層が依然として残っているほか、資産形成に必要となる金融経済教育を十分に受けていない層がある。また、投資初心者の一部で、ポートフォリオに偏りが見られるケースがある。

 さらに、ネット上やSNS上で、投資に関する不確かな情報が氾濫し、SNSを介した投資詐欺が拡大している。海外の取り組み等を参考にしつつ、総合的な対策を講じていくことが必要だろう。

◆J-FLECが活動を本格化

-金融経済教育のポイントは。

内村氏 今年4月、官民で「金融経済教育推進機構(J-FLEC)」を設立した。国民のファイナンシャル・ウェルビーイング(金融面での不安から解放され、充実した人生を送れること)の実現をミッションに掲げ、金融リテラシー向上にむけた取り組みを推進する。

 具体的には、一定の要件に合致し、所定の審査を通過した「中立的なアドバイザー」を認定したうえで、個別相談やセミナーに派遣し、投資家それぞれの立場に沿ったアドバイスが得られる環境を整備していく。政府は、金融経済教育を受けた人の割合を現在の7%から20%に高める方針だ。

◆「投資継続」のサポートが重要に

内村氏 今後、市場のボラティリティが高まる可能性も否定できないことから、海外株式型ファンドなど特定の金融商品にポートフォリオが集中している投資家については、金融商品のリスク・リターンを見極めて投資判断を行う必要性などを伝えていくことも重要だろう。

 また、マーケットが急落したときに怖くなって投資を止めてしまう人が出ないように、長期間にわたって積立投資を行うことで相場変動のリスクが低減されることなどを伝え、金融業界全体でしっかりとサポートしていくことが大切になるだろう。

◆ファイナンシャル・ウェルビーイングの実現

内村氏 若年層に資産形成を定着させていくには、ただ投資を行うことだけを目的とせず、「投資は、ファイナンシャル・ウェルビーイングを実現するための手段の一つ」という認識を浸透させていくことが必要だと考える。

 それぞれの将来設計(ライフプランニング)や資産形成の目標に合わせて商品を選択し、相場変動に一喜一憂することなく積立投資を継続することが重要だ。

【編注】
(※1)日本証券業協会「個人投資家の証券投資に関する意識調査(2023年)」
(※2)金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査〈二人以上世帯調査〉(令和4年)」
(※3)内閣府「国民生活による世論調査」
(※4)総務省「家計調査」
(※5)投資信託協会「投資信託に関するアンケート調査報告書-2023年Z世代調査」
(※6)投資信託協会「投資信託に関するアンケート調査」
(※7)日本証券業協会「個人投資家の証券投資に関する意識調査(2023年度)」
(※8)日本証券業協会「投資信託に関するアンケート調査(2024年)」

 

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