サンプル(過去記事より)
マスク氏は大混乱を好む。トランプ大統領は後始末に追われるか
火星旅行を目指すマスク氏にとってワシントンは途中駅にすぎない
マスク氏の手法はトランプ政権支持に影響しかねない

イーロン・マスク氏の連邦政府に対する攻撃に、マスク氏自身ほど興奮している人物はいないだろう。マスク氏が所有するソーシャルメディア・ネットワークX(旧ツイッター)への自身による投稿は、反対派の不満を涙ながらにあざ笑う絵文字や、支持者の新たなコスト削減目標の提案に興味深く眉を上げる絵文字が乱舞している。しかし、億万長者の実業家にして米電気自動車(EV)メーカー、テスラ<TSLA>の最高経営責任者(CEO)であり、現在はいわゆる政府効率化省(DOGE)を率いる特別職公務員のマスク氏と一緒に笑っている人ばかりではない。その中には、DOGEの目的に賛同する潜在的な味方も含まれている。マスク氏の「まず政府を壊す。それに対する質問は後で」という手法は裏目に出る可能性があり、マスク氏が解決に着手した国家債務やその他の問題の解決を遅らせることになるかもしれない。マスク氏の敵なしオーラは、政治的、法的問題が山積するにつれて急速に薄れ、トランプ政権の人気に影響を及ぼす可能性がある。
米国会計検査院(GAO)のトップである院長として、共和・民主両党の大統領の下で10年間を過ごしたデビッド・ウォーカー氏は「私の意見では、DOGEのコンセプトは大いに必要で、長年の懸案でもあったが、DOGEがどのようにその責任を果たそうとしているのか、非常に心配だ」と述べている。DOGEはほとんど秘密裏に活動しており、その設立が発表されて以来、急速にその構造を変えてきた。DOGEは議会が負う歳出に対する責任を奪い去り、憲法上の危機を引き起こしているという厳しい批判や主張にも直面している。米テクノロジー誌「WIRED」や他の報道機関が、DOGEの若手職員は財務省の機密性の高い決済システムにアクセスできると報じたことは、マスク氏は自分が気に入らない支出を一方的に打ち切ろうとするのではないか、との懸念を呼んでいる。
USAIDは虫のいるリンゴではなく、虫の塊

こうした論争は全て積み重なる。ウォーカー氏は「二正面戦争は避けたい。二正面戦争とは、やっていること自体と、いかにして行うかについての争いだ。大抵の場合、二正面戦争には勝てない」と語る。「二正面戦争」は、マスク氏が巻き起こした反感の控え目な表現かもしれない。革新派の連邦議員団はトランプ氏の勝利に2016年は反対したが、2024年はその時のようには反対しなかったのだが、マスク氏はこうした革新議員団の不満の的となっている。抗議者たちは首都ワシントンの財務省や人事院などでピケを張り、連邦政府職員の労働組合は、DOGE職員の財務省の決済システムに対するアクセスを阻止すべく訴訟を起こした。連邦裁判官は、裁判所が訴えの是非を検討する間、このアクセスを一時的に制限している。
民主党のある上院議員は、DOGEとトランプ政権が米国際開発局(USAID)の閉鎖計画を撤回するまで、トランプ政権による国務省人事の承認を「白紙保留」すると表明した。当初は赤字削減に向けて何もしない委員会の一つを整理すると見なされていた計画に対しての、厳しい反応である。しかしマスク氏は、仕事を始めるにつれて自身の熱意が変化したことを認めている。マスク氏は3日早朝のXのライブ音声イベントで、USAIDの「ちょっとした掃除」として始めたことがそれ以上のものになった、と語った。マスク氏は、「USAIDを深堀りするにつれ、これは虫のいるリンゴではなく、虫の塊であることが分かった。リンゴがなければ、全体を取り除くのみだ」と述べている。米国の民間向け対外援助資金を管理するこの機関は現在、職員の多くが休職を命じられ、宙に浮いた状態だ。
DOGEの費用削減効果は不透明
マスク氏およびDOGEの取り組みによる政府支出額の削減規模は不明だ。本誌がDOGEの発表を分析したところ、契約の解除やビルの賃貸契約の解消、その他コスト削減に伴う支出削減により約15億ドルと見積もられる。追加的な支出削減は、USAIDのような連邦政府機関の閉鎖計画から生まれる可能性があるが、当面は影響を受ける多くの職員が自宅待機となっており、給与は引き続き支払われている。マスク氏は、約2年以内に1兆ドルの削減が可能だと考えていると語る。
マスク氏の計画は、一方的に連邦政府機関を閉鎖する明白な権限を手にする前から全国的に不人気だった。昨年暮れに実施されたキニピアック大学の調査によれば、53%の有権者が、マスク氏が当時トランプ政権で果たすと見込まれていた比較的小さな役割に対して反対意見を表明していた。マスク氏に対する世論の高まりにより、その反応が不当だとしても、マスク氏が次の段階に進もうとするたびに大きな抵抗に直面することになる。ウォーカー氏は「今起きていることは完全なコミュニケーション不全だ。その結果、誰もが戸惑い、必要以上に困惑している。多くの場合、不正確な情報に基づいて臆測しているだけだ」と語った。
世界長者番付首位のマスク氏は、恐らく世間の批判を受けても全く意に介さないだろう。しかし、マスク氏が完全に支配するソーシャルメディアX(旧ツイッター)や、彼が「テクノキング」として振る舞うテスラと異なり、DOGEには容赦ない政治的本能を有することで有名なトランプ大統領という上司が存在するのだ。トランプ氏はマスク氏とDOGEを称賛することが多いが、最終的な権限を持つのは誰なのかを明確にしている。大統領は3日、報道陣に対して「マスク氏はわれわれの承認なくしては何事もできないし、することはないのだ」と語った。
火星を目指すマスク氏にとって政治は寄り道
DOGEの前職員で、米財務省の支払いシステムへのアクセス権限が与えられていたマルコ・エレズ氏を巡り、7日に緊張が高まる兆しが現れた。ウォール・ストリート・ジャーナル紙がエレズ氏は「人種差別や優生学を主張する」ソーシャルメディアアカウントとつながりのあることが判明したと報道後、ホワイトハウスはエレズ氏が6日に辞任したと発表した。辞任を受けマスク氏は、エレズ氏を復職させるべきかを問う投票をXに投稿した。
共和党は2026年の中間選挙に向けて苦戦が予想される。マスク氏が党の足を引っ張るようであれば、トランプ氏はマスク氏の解任要求に直面することになるだろう。民主、共和両党とも時折、自らの党が過半数を永続的に確保する勝利を収めたと考える過ちを犯してきた。米国の歴史は毎回それが誤りであることを証明してきた。マスク氏は教訓を学んでいないようだ。マスク氏は、まるでソーシャルメディア上で侮辱している議会の民主党勢力および一部の共和党議員には召喚状を発する権限がないかのように物事を強引に進めている。
オックスフォード大学の政治学者、ベン・アンセル氏はニュースレター『Political Calculus』に「マイナスの影響を受ける人全員が拒否権を持つ世界では公共政策は成立しない。政治には勝者だけでなく敗者も伴うのだ。しかし、単に敗者を叩きのめす行為は思慮に欠け、反社会的行為となることもある」と記した。
マスク氏の人格はさておき、マスク氏と反対方向に賭けるのはリスクだ。テスラ株の空売りで利益を上げようとした人なら分かっているはずだ。彼は分が悪そうな時でさえ、困難をものともせずに年々権力を強化してきたのだ。財務的に破綻しているツイッターの買収により、彼のお気に入りの政治家を支援するメディア・プラットフォームを手に入れた。DOGEはイーロン・マスク問題を抱えることになる可能性があるが、マスク氏自身はこの窮地を乗り切る方法を見つけ出すだろう。結局、マスク氏にとって、ワシントンは火星を目指す道のりの中で単なる一つの停留所にすぎないのだから。