サンプル(過去記事より)
今年こそリセッションが起きる可能性がある
誰もが浮かれている時こそ危険
2022年と2023年は予想に反して景気は後退せず

トランプ大統領は「米国の新たな黄金時代」を祝う時だと言っている。うまくいかないことなどあるはずがない。そう言われたら、リセッション(景気後退)が起きない限り、パーティーのパンチボウルを早く片付け過ぎないことだと答えたい。リセッションなんて、そんな暗い時代遅れの言葉(Rワード)はとっくの昔に(少なくとも昨年11月からは)誰も口にしていないと失笑されるかもしれない。しかし、ばら色の色眼鏡によって世界が最も鮮やかに見える時こそ、すべてが破滅する可能性がある。
今や、リセッションを予測するエコノミストはほとんどいない。これはつい24カ月前にあらゆる「陰気な科学者」(経済学者の別称)が景気の縮小を予測していたのとは非常に対照的だ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙が約70人のエコノミストを対象に実施した経済予測調査では、「今後12カ月以内にリセッションが起きる確率は」という質問への回答の平均値は過去10四半期連続で低下し続けており、2022年第3四半期の63%から現在はわずか22%となっている。
金融サービス会社バンクレートによる直近の四半期経済指標調査でも、エコノミストは2025年末までにリセッションが発生する可能性をわずか26%としており、2022年第1四半期の調査開始以来で最低を記録した。1週間ほど前に発表された最新の全米企業エコノミスト協会(NABE)の調査では、今後12カ月以内に米国がリセッション入りする可能性を50%以下とした回答者が約91%に上った。
現在、青信号を出している人々は、つい最近まで毎四半期にわたって「景気縮小は近い」と言い触らしていたのと同じ人々だ。2022年6月、筆者は「私は市場と景気を40年間追っているが、これほど多くの人が、景気の下降局面が近いと確信しているのは初めてだ。これはリセッションが起きないということだろうか」と書いた。実際、リセッションは起こらなかった。2023年6月にも「現代の歴史上、最も多くの人々が予測しているリセッションを筆者は冷ややかに見ている。リセッションが起きないことはほぼ確実のようにみえる」と書いた。やはり、リセッションは起きなかった。
経済はショックに弱くなっている
しかし、過去に多くのエコノミストが間違ったからといって、今回も彼らが間違っており、リセッションが迫っているとは限らない。そこで、実生活に関わるリスクを検証し、「根拠なき熱狂」に浮かされていない少数のエコノミストに話を聞いてみよう。
金融サービス会社プライメリカの独立系顧問エコノミストであるエイミー・クルーズ・カッツ氏は、今後12カ月以内にリセッションが起きる確率を50%以上としている。カッツ氏は「未知のリスクは常に存在する。しかし、既知のリスクもあり、その主なものはトランプ大統領の貿易政策だ。トランプ氏が関税(の引き上げ)を迅速に導入し、幅広い輸入商品を対象とした場合、国際貿易に関わる人々は失業し、企業は直ちに倒産するだろう」と語る。
投資銀行レイモンド・ジェームズのエコノミスト、ユージニオ・アレマン氏は「トランプ政権は関税を交渉ツールとして利用しており、多くの人が考えているほど悪い事態にはならないと思うが、やり過ぎるリスクはある」と話す。アレマン氏は米国経済に関して前向きだが、WSJの調査で今年のリセッションのリスクを40%としており、最も高い回答者の一人だった。アレマン氏は、1930年代の大恐慌時と同様報復的な貿易戦争がエスカレートし、移民の大量送還が行き過ぎることによって、経済活動が縮小する可能性を懸念している。
カッツ氏は「庭師、調理人、(ホテルの)清掃員といった労働力の多くは『書類なき移民』によって供給されている。エンジニアや熟練労働者も必要だ。合法だが無登録の移民をすべて排除した場合、賃金に対する上昇圧力が生じ、インフレにつながる。企業は必要な労働力を確保できず、成長が困難になる」と指摘する。
カッツ氏は、中所得層の家庭の購買力に連動するプライメリカの家計指数にも言及し、「生活必需品のコスト増を考慮すると、家庭の購買力は2019年1月からわずかにしか上昇していない。調査対象の家庭の約70%は、所得がインフレに追い付いていないと回答している」と語る。この数値は、米国人が経済ショックの影響を受けやすくなっており、リセッションを招く可能性があることを示唆しているという。
巨額のAI投資は無に帰するのか
株式市場、特に半導体大手エヌビディア<NVDA>などの巨大ハイテク企業はどうだろうか。先週、中国の人工知能(AI)開発企業ディープシークが、より安価に見えるAIを発表したことで、巨大ハイテク企業の株価は急落した。アレマン氏は「AIセクターとその成長率に対する期待は気がかりだ。ある種のバブルかもしれない。これは誤った方向でアニマルスピリットを刺激する恐れがある。米国経済全体の落ち込みにつながるとは思わないが、景気に傷を付け始めている」と指摘する。
ディープシークの登場によって、大手ハイテク企業がAIにつぎ込んできた膨大な設備投資は疑問視されている。筆者の同僚によると、アマゾン・ドット・コム<AMZN>、マイクロソフト<MSFT>、アルファベット<GOOGL>傘下のグーグル、メタ<META>(旧フェイスブック)は、主にAIデータセンターを建設するために合計3430億ドルの設備投資を実施しており、今後も数百億ドルを費やす見込みだ。この巨額の支出がほとんど無に帰すなら、間違いなく経済成長にとってプラスにはならないだろう。
支出といえば、某大手プライベートエクイティ企業の最高経営責任者(CEO)は先週、筆者との昼食で、連邦政府の財政赤字について懸念を示していた。議会予算局(CBO)によると、財政赤字は今年の1兆9000億ドルから2035年には2兆7000億ドルに増加するとみられる。財務省が高利回りの国債の発行を強いられることは想像に難くない。これはインフレを促進し、ひいてはリセッションを招く可能性がある。
ジョンズ・ホプキンス大学のマネタリズム派経済学者であるスティーブ・ハンケ氏は、マネーサプライが大幅に縮小しており、これは歴史的に見てリセッションをもたらす水準だと指摘する。ハンケ氏はこの学説が流行遅れであることを認めているが、マネーサプライの減少は経済活動の鈍化を招き、年内に景気が減速するだろうと主張する。
少なくとも今のところは、リセッションに言及しているのは少数派で、多くの米国人は今を楽しむことに満足している。最近のニューヨーク・タイムズの記事には、あるトランプ支持者の写真と言葉が載っていた。彼はぴかぴかのスーツを着て「トランプ大統領は米国の新たな黄金時代をもたらすだろう。だからこんな服を着ている。『狂騒の1920年代』2.0の始まりだ」と語った。
冒頭の言葉に戻ろう。うまくいかないことなどあるはずがない。