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WEEKLY 2023年2月12日号

チャットGPTがAIを巡る熱狂の火付け役に

ChatGPT Sparked an AI Craze. How to Cut Through the Hype

投資家には長期的な視点が必要

■ ビングはグーグルに代わる存在になるか

ILLUSTRATION BY YOSHI SODEOKA

70年以上前、英国のコンピューター科学者アラン・チューリングは画期的な論文を執筆した。論文で提案されたチューリング・テストは、「機械は思考できるか」を判定することを目的としていた。しかし、「機械は広告を売れるか」という問いの方が良かったようだ。

ここ2カ月、ウォール街は人工知能(AI)技術を手掛けるスタートアップ企業オープンAIが開発したチャットボット(自動応答システム)「チャットGPT」に夢中だ。チャットGPTは2022年11月30日に無料サービスとして発表され、世界はその能力に圧倒された。質問に回答するだけでなく、手紙から履歴書、プログラムのコードやシェークスピア風の十四行詩に至るまで、新しい文章を生成することもできる。チャットGPTのユーザー数は1月に1億人を超えた。これはティックトックよりも速いペースだ。

成功が一気に広がるにつれて、ウォール街では、巨大ハイテク企業の対応に注目が集まった。2019年にオープンAIに初期投資したマイクロソフト<MSFT>は最近、100億ドルの追加出資を行うことに同意した。市場では、マイクロソフトがこのいわゆる生成AIを自社製品にどう取り込むかに関する憶測が加速した。

その答えは先週明らかになった。マイクロソフトは7日、オープンAIの自然言語処理機能を搭載した検索エンジン「ビング」の新バージョンを発表した。これは市場を揺るがすものだった。特にグーグルの親会社アルファベット<GOOGL>にとっては、インターネット検索における支配的な地位が数十年ぶりに脅かされる可能性があるためだ。マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)は先週、「AIは最大のカテゴリーである検索に始まり、ソフトウエアのすべてのカテゴリーを根本的に変えるだろう」と語った。

マイクロソフトによる発表の前日、グーグルは独自のAIチャットボット「バード」を公開した。グーグルは中核事業である検索エンジンに生成AI機能を追加する意向だ。アルファベットは8日、パリで検索関連のイベントを主催し、マップ、画像検索、翻訳についてAIに関するアップデートを発表した。しかし、市場の反応は低調だった。

一部の識者は、バードによる検索例の一つに小さな誤りがあると指摘した。バードは、太陽系外惑星を最初に撮影したのはジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡だと回答したが、これは正確ではない。また、多くの人が指摘した点だが、マイクロソフトのナデラCEOはビングの発表を自ら行った一方、アルファベットのサンダー・ピチャイCEOはパリのイベントに出席しなかった。

それから週末までの間、アナリストと投資家は、かつては不可能だったアイデアを議論していた。そのアイデアとは、2009年に発表されたビングが新たなエネルギーを得て、インターネット検索市場の勢力図を書き換える可能性である。

ウェブトラフィック解析サイトのスタットカウンターによると、グーグルは現在、検索市場の93%を占めており、ビングのシェアは3%にすぎない。その結果、グーグルは検索関連広告のほぼすべてを支配している。グーグルは、検索および広告事業が連邦独占禁止法に違反しているとして司法省から2件の訴訟を起こされ、係争中だ。しかし、投資家は訴訟よりも、AIで強化されたビングによって、検索市場における力を奪われる可能性を懸念しているようだ。

■ コスト増もグーグルの重荷に

自然言語(人間が話す言葉)を処理できる検索エンジンというアイデアは、数十年前から存在する。1996年に設立された検索エンジン開発会社アスク・ジーブスは、まさにそれを目標としていた。現在はアスク・ドット・コムに名前を変え、インターネット関連持ち株会社IAC<IAC>の傘下にある。

アスク・ジーブスは目標を達成できず、グーグルを脅かすことはなかった。しかし、過去25年でコンピューティングは劇的に変化した。マイクロソフトやグーグルは、はるかに強力なプロセッサーとアルゴリズム、AIと機械学習の新たなテクニック、クラウドコンピューティングの膨大な演算能力を利用することができる。

最も重要なイノベーションは、大規模言語モデルを基礎とする生成AIの開発だ。生成AIは、膨大なデータに基づき、テキストなどのコンテンツを要約、翻訳、予測、生成することが可能だ。この技術によって、マイクロソフトはついに検索市場で重要な存在となるチャンスを得た。

マイクロソフトのエイミー・フッド最高財務責任者(CFO)は、ビング発表後のアナリスト向け説明会で、市場規模5000億ドルのデジタル広告市場において、40%に当たる約2000億ドルを検索広告が占めると推定した。現在、そのほとんどはアルファベットの手中にある。昨年のアルファベットの検索広告による売上高は1630億ドルで、会社全体の売上高の約60%に相当する。マイクロソフトのウィンドウズ・デバイス・検索事業担当CFOであるフィリップ・オッケンデン氏は、「検索広告市場における1%ポイントのシェアは、当社の広告事業にとって20億ドルの収入の機会になる」と語った。

アルファベットの投資家は不安を感じている。マイクロソフトによる発表後の数日間で株価は12%下落し、約1600億ドルの時価総額が失われた。アルファベットの来年の予想売上高に基づく株価売上高倍率は4倍であるため、市場の計算では、グーグルは収益性の高い事業で400億ドルの売上高をビングに奪われることになる。

要するにウォール街は、ビングの発表とグーグルのイベントを受けて、ついにグーグルの検索事業に真のライバルが現れたと結論付けたということだ。しかも、よくある破壊的技術とは異なり、脅威となるのは威勢の良いスタートアップ企業ではない。グーグルを攻撃しているのは、世界最大のソフトウエア会社だ。

問題はまだある。グーグルが新たなAI機能を導入することで、検索関連のコストは増加する一方、広告を支える検索件数は減少する可能性がある。モルガン・スタンレーのアナリストであるブライアン・ノワク氏は、グーグルにとって、自然言語による検索が現在の検索モデルに比べて5倍のコストがかかると推定しており、検索件数の10%が自然言語モデルに置き換えられるごとに営業費用は12億ドル増えると結論付けている。ノワク氏は、検索件数の50%が自然言語モデルによるものとなった場合、コストが60億ドル増え、税引き前利益は6%減ると予測している。

■ 投機的なAI関連小型株

先週まで、AIをめぐる動きの大部分は巨大ハイテク企業以外の銘柄によって展開され、投資家はAIに投資するためのより直接的な方法を必死で探していた。熱狂によって小型株が押し上げられている様子は、暗号資産(仮想通貨)、3D印刷、人工肉、大麻などを巡るウォール街のバブルを思い起こさせる。

法人向けアプリケーション用にAIソフトウエアツールを提供するシースリー・エーアイ<AI>の株価は年初来で101%上昇している。これは、シースリーのソフトウエアに、オープンAIとグーグルの両方の技術を活用した検索インターフェースを搭載するという計画を受けたものだ。オンラインメディア運営会社バズフィード<BZFD>は、ウェブサイトのコンテンツ作成にチャットGPTを利用するというニュースにより、株価は年初来で145%上昇している。

サウンドハウンド・エーアイ<SOUN>は先週、自動車などの業界向けに、音声によって機能する生成AIアプリケーションを発表し、株価はチャットGPTの発表以降で3倍超上昇している。ビッグベア・エーアイ・ホールディングス<BBAI>は、米国の防衛・諜報(ちょうほう)機関向けにAIベースの分析ツールを開発しており、同じくチャットGPTの発表以降で株価が5倍超上昇した。

とはいえ、投資家は注意が必要だ。AIソフトウエアへの取り組みは過去何十年も行われてきた。AI技術は複雑で、大量のリソースを消費する。アルファベットの場合、バードの発表は何年にもわたる努力の一部だ。アルファベットは2014年にディープマインドというAIソフトウエア会社を買収しており、その買収額は5億ドル超と報じられている。

グーグルは20年以上にわたり、AIと機械学習を多くのソフトウエア製品に組み込んできた。ピチャイCEOは、バードを発表したブログの投稿で、「AIは当社が現在取り組んでいる最も深遠な技術だ。これらのモデルに根差した体験を、大胆かつ責任ある方法で世界に提供することが必要不可欠だ」と述べている。これは明らかにチャットGPTへの当て付けだ。チャットGPTは、常に正確な情報を提供するとは限らないことや、学生が論文執筆や筆記試験を回避する手段を生み出していることについて批判を受けている。

■ 大手ハイテク各社もAIに関心

リスクが大きい小型株以外にも、検討に値するAI関連銘柄は存在する。IBM<IBM>は、ハイブリッドクラウドソフトウエアに並び、AIを主要な優先課題の一つに挙げている。IBMは検索エンジンや消費者向けのチャットアプリを開発する予定はないが、AIや機械学習をあらゆる法人向けコンピューティングに備えようとしている。

IBMのバイスプレジデントで、リサーチラボのAI研究を指揮しているスリラム・ラガバン氏は、複数の業界にわたる用途にAIを応用するための「基礎的なモデル」を開発していると語る。つまりIBMは、チャットボットの大規模言語モデルを開発するために使用されたものと同じ技術を、プログラミングコードの記述、地理空間データの分析、分子の発見、事業の自動化などの他の分野に応用している。

AIの複雑さは、クラウドコンピューティングのためのハードウエアや、その原動力となる半導体の需要を押し上げる。ヘッジファンドのエンデュランス・キャピタル・パートナーズを運用するデービッド・リーダーマン氏は、半導体大手エヌビディア<NVDA>をAI関連銘柄の最高峰と考えている。リーダーマン氏の推定では、AIのワークロード(仕事量)の75%は、エヌビディアの画像処理プロセッサーを利用するサーバーで処理される。

AIをめぐるトレンドは、半導体大手アドバンスト・マイクロ・デバイシズ<AMD>(AMD)にも恩恵をもたらす見込みだ。AMDのリサ・スーCEOは先月、本誌のインタビューで、「AIはかなり昔から存在するが、現在は転換点にある。消費者デバイス向けの半導体から、データセンター向けの特に大規模な半導体まで、当社の技術のすべてにAIが関連している」と語った。

クリエイティブツールの市場を支配するソフトウエア会社アドビ<ADBE>は、生成AIをめぐるトレンドによってクリエーターとなる人が増え、自社の市場が拡大するとみている。アドビのダン・ダーンCFOは最近、「現在はコンテンツ創造の黄金期に当たり、生成AIはそれを加速する一方だろう」と本誌に語った。

一方、メタ<META>(旧フェイスブック)も年内に生成AIツールを発表すると公約している。マーク・ザッカーバーグCEOは、第4四半期決算説明会で、「生成AIは非常に面白い分野だ。メタに関する私の目標の一つは、研究を重ね、レコメンドAIに加えて生成AIでもリーダー企業になることだ」と述べた。

しかし、上記はすべて、突如として競争が激しくなったインターネット検索市場に比べると小さな投資機会に見える。

投資銀行D・A・デービッドソンのアナリストであるギル・ルリア氏は、「ビングはグーグル検索よりも優れている」と述べ、マイクロソフトの投資判断を買いに維持している。目標株価は、280ドルから、直近終値を25%上回る325ドルへ引き上げられた。ルリア氏は「オープンAIの統合を通じて実現される追加機能によって、マイクロソフトのツールははるかに便利になるだろう。統合の円滑さにも感銘を受けた」と語り、検索の市場シェアが「永久的に変化する」可能性があるとみている。

インターネットセクターを長年担当してきたアナリストで、現在は投資銀行エバーコアISIに所属しているマーク・マハニー氏は、アルファベットの投資判断をアウトパフォームに維持しているが、検索市場が新たな段階に入っていることを認める。マハニー氏は「マイクロソフトによる生成AIへの積極的な参入と製品開発の進行は、グーグルの市場ポジションにとって重大なリスクだ」と述べる。

AIをめぐる熱狂は、2022年に株価が急落したハイテク企業にとって、重要な時に訪れた。業界の成長は減速し、新規株式公開(IPO)の市場はほとんど消滅し、規制当局による圧力は強まっている。AIはハイテクセクターのカンフル剤になるかもしれない。

 

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