サンプル(過去記事より)
アフガン撤退、市場への影響は限定的
米、対中・イラン政策を強化
撤退に伴う混乱でも株式相場は上昇
ウォール街とそれ以外の世界との違いがこれほど鮮明になったことはない。タリバンによるアフガニスタン支配の復活という米国の外交政策上の大失敗にもかかわらず、株式市場はほとんど動揺することなく長期連勝を続けている。
これには正当な理由があるのかもしれない。バンク・クレジット・アナリスト(BCA)リサーチの地政学ストラテジスト、マット・ガートケン氏は、アフガニスタンの状況がマクロ経済に与える影響は限定的だと言う。「むしろ、米国は戦略的により重要な地域に外交政策を注力できるようになる。現在、米国はイランとの外交の重要な岐路に立っている。また、地政学的にも経済的にも最大のライバルである中国に対する機動力を強化できる」と同氏は述べる。
そもそも、20年にわたる駐留後に米国軍をアフガニスタンから撤退させるというバイデン大統領の決断は世論に一致する。「反戦主義のトランプ前大統領が軍事推進派のヒラリー・クリントン氏を破ったことを忘れてはならない」とガートケン氏は主張する。「バイデン大統領にとってアフガニスタン撤退問題が尾を引くとは思われない。イランとの外交の方が重要だ。米国とイランの関係をある程度正常化することは可能だ。そうなれば地政学的に大きな出来事となる」と同氏は言い、中期的に考えて悠長に構えている時間はないと警告する。
対イラン外交
イラクとアフガニスタンの駐留米軍の板挟みから抜け出したイランが、今後急速にウラン濃縮を進め、核兵器の製造能力を手に入れる可能性もある。そうなればバイデン大統領はイラン紛争を悪化させ、米国の外交政策を誤ったと言われ続けるだろう。
だがそこまで悲惨な結果にはならない可能性の方が大きい。イランの動きは、反米保守強硬派のライシ新大統領よりも、最高指導者であるハメネイ師の決断に大きく左右されるからだ。82歳のハメネイ師は2015年の核合意を支持したが、現在は米国の経済制裁や社会不安、後継者問題など、さまざまな方面からの圧力に直面している。「米国と核合意が行われれば、強固な政権基盤が引き継がれる」とガートケン氏は言う。「だが期限付きの核合意の再建協議のためにイランが核開発を放棄する必要はないことを忘れてはならない」。
対中外交
アフガニスタンから撤退することで米国は対中機動力を強化できると同氏は考えており、顧客向けメモに、「アフガニスタン撤退時の惨状から、中国の指導者の中には米国を無力、自信喪失、無能として米国の弱点を突こうとする者もいるかもしれない。だが米国は外交の焦点をアジア太平洋地域に移し、経済、軍事面で連携を強化して中国に対抗するだろう」と指摘している。中国は米海軍には勝てないと分かっているので、ユーラシア戦略を強化し、パキスタン、アフガニスタン、中央アジアでの影響力を強めようとするだろう。実際、中国はすでにタリバンに手を差し伸べている。
一方、中国は中東の石油に依存しているが、米国は同地域で強力な影響力を持つ。「だからこそ、世界経済にとってはアフガニスタンよりも、米国のイランやペルシャ湾岸地域との交渉の方が大切なのだ」とガートケン氏は言う。
通貨、原油市場への影響
この影響は通貨や原油市場に現れるだろう。米国の財政と貿易の双子の赤字は、通常なら通貨にとってマイナスとなるが、地政学上の緊張からドルの回復力は強そうだ。ガートケン氏は「世界の輸出産業にとって米国は最大の消費市場であり、実際には双子の赤字により米国の影響力は増すだろう。また米国には世界の主要準備通貨、取引通貨であるドルがある。さらに中国経済の成長鈍化も、世界情勢が不透明な中でドルを下支えすることになる」と述べる。
中東の緊張から原油価格が上昇する可能性はある。だが同氏によれば、昨年のシェア争いの後、OPECプラスは規律を取り戻した。OPECプラスは、再生可能エネルギーの加速につながるような過度な原油価格の上昇を望まない。最も可能性が高いのは原油市場の高いボラティリティーだ。ただし足元では原油価格は下降傾向にあり、7月中旬のピークから15%下落している。マクロ経済のファンダメンタルズ、とりわけ新型コロナウイルスのデルタ変異株の影響による需要鈍化がその背景にある。
アフガニスタンで起きたことを変えることはできない。だが少なくとも米国の外交政策は、将来的に重要な地域に注力することができる。イランと中国である。