サンプル(過去記事より)

WEEKLY 2024年11月10日号

マスク氏はトランプ新政権の「新星」:トランプ氏当選でテスラ株が得たものとは

Elon Musk Is Trump’s ‘New Star.’ What Tesla Stock Gains.

選挙結果はテスラ株を急騰させたが、ファンダメンタルズは株価に追いつく必要あり

大統領選直後の電気自動車(EV)株はテスラの一人勝ち

Jabin Botsford/The Washington Post via Getty Images

米起業家のイーロン・マスク氏は、米国の次期大統領に選出されたドナルド・トランプ氏を支持したことによって、自身が最高経営責任者(CEO)を務める電気自動車(EV)メーカー、テスラ<TLSA>の株式に完璧なヘッジを施した。トランプ次期大統領はEVの味方ではない。トランプ氏は、EVは米国の自動車産業にとってリスクだと述べ、EV購入時の税額控除や、自動車メーカーにバッテリー駆動車の製造を義務付ける排ガス規制「義務化」を撤廃することを公約していた。こうした姿勢の潜在的な影響が市場で明らかとなり、選挙翌日の6日に米EVメーカーの株価は、ルシード・グループ<LCID>は5.3%安、ポールスター・オートモーティブ・ホールディング<PSNY>が8.2%安、リヴィアン・オートモーティブ<RIVN>が8.3%安となった。EV新興企業にとって、来る政策の変更は米国での販売減少を意味する公算が大きいことを考えると、この値動きはうなずける。例外はテスラだ。テスラの株価は6日(水)に14.8%上昇し、時価総額は1190億ドル増加した。増加幅は、個別銘柄としては米半導体大手のエヌビディア<NVDA>を除き、最も大きかった(エヌビディアの時価総額はテスラの約4倍)。

この上昇は決して、起きるべくして起きたたものではない。しかし、7月に起きたトランプ氏暗殺未遂事件以降、マスク氏はトランプ氏と密接に連携し、トランプ氏当選のために約1億3000万ドルを費やすなど、円滑に事を進めてきた。テスラCEOのマスク氏の誠意を疑う理由はほとんどない。とはいえ、テスラ株がリヴィアン株のように8%下落していたら、660億ドルの時価総額を失っていたはずだ。つまり1日の時価総額の振れ幅は(増えた1190億ドルと合わせて)1850億ドルということになる。これはマスク氏が寄付した額の1400倍以上だ。選挙翌日、マスク氏の純資産は250億ドルほど増加した。

テスラのファンダメンタルズは株価に追いつくか

明らかに、市場はマスク氏がテスラ株のために多大なプロテクションを獲得したことに賭けている。ウェドブッシュ証券のアナリスト、ダン・アイブス氏は、「マスク氏は長期の賭けに出た」と述べている。アイブス氏は、テスラの投資判断を「買い」とし、目標株価を300ドルに設定しているが、7日(木)の終値は296.91ドルと、到達まであと1%に迫った。

今後、テスラのファンダメンタルズは株価に追いつく必要がある。7日(木)終了時点で、今後12カ月の予想利益に基づく株価収益率(PER)は93.8倍に達し、2022年4月5日以来の高さとなった。当時、テスラのEV納車台数は前年比40%増だった。納車台数は2024年には全く伸びないと予想されているが、マスク氏は2025年には再び増加すると見ている。足元のPERは、3年平均の62.9倍を大きく上回るなど、バリュエーションは割高だ。本誌は、テスラの自動車事業とエネルギー生成・貯蔵事業は、今後10年間の予想成長率に基づき、1株当たり約200ドルの価値があると見積もっている。それ以上の価値を付けるためには、テスラの利益はより速く成長する必要がある。成長の加速は、自動車販売の増加(2025年初頭に低価格モデルの発売が予定されている)、あるいは人工知能(AI)がもたらす新たな売上高(2025年後半には、AIによって訓練された自動運転タクシー車両の大量導入を予定)によって、もたらされる可能性がある。

トランプ氏勝利後、テスラ株は急騰、他のEV各社は下落

テスラの株価の動きは、マスク氏とトランプ氏の関係がもたらす利益を狙ったものとの見方もある。トランプ氏は勝利演説においてマスク氏を特別に称賛し、マスク氏の宇宙企業スペースXが先月に宇宙船発射台でブースターを空中キャッチで回収したこと、また、9月下旬にハリケーン「ヘリーン」に襲われたノースカロライナ州で、スペースXのWi-Fi(ワイファイ)サービスのスターリンクが多くの命を救ったことを強調した。

トランプ氏は、「言わせてほしい。われわれには新たなスター(新星)が誕生したのだ。イーロン・マスク氏だ。マスク氏は個性的な人物であり、特別な男であり、超天才だ。われわれはめったにお目にかかれない天才を守らなければならない」と述べた。

両者は、第二次トランプ政権におけるマスク氏の地位についても話し合っている。またマスク氏は政府の無駄や非効率の改善を訴えており、いかにもマスク氏のやり方らしく、この取り組みを「政府効率化省(Department of Government Efficiency)」、略して「DOGE」(マスク氏が支持する暗号通貨の名前と同じ)と名付けた。テスラの投資家は基本的にマスク氏の仕事がこれ以上増えることを嫌う傾向にあるが、実際、既にマスク氏は複数の会社を経営しているうえ、マスク氏が余暇を使ってビデオゲーム「ディアブロ」のトッププレーヤーになっているというのは周知の事実である。

それでもなお、投資家はマスク氏のマルチタスクに慣れており、またトランプ氏との関係による何らかのプラス効果を織り込もうとしている可能性もある。証券取引委員会(SEC)と司法省(DOJ)がテスラの運転支援技術その他の問題を調査しているが、トランプ氏が大統領に就任すれば、マスク氏とテスラへの監視が弱まる可能性が高い。また、もしマスク氏が政府支出削減の責任者に任命されれば、全国労働関係委員会(NLRB)をターゲットにする可能性も指摘されている。そうなれば労働組合からいくらか権限を奪うことなるだろう。テスラの米国従業員に組合は存在しないけれども。

目標株価も引き上げ

また、投資家はテスラのファンダメンタルズ改善を織り込み始めている可能性が高い。EV購入時の税額控除の廃止はEV業界全体にとって逆風となろうが、アイブス氏は、過去にもそうであったように、テスラには税額控除がなくても利益を出せるスケールメリットがあると見ている。政府補助が減少することで、従来の自動車メーカーとの競争が緩和され、テスラの市場シェア拡大につながるとの見立てだ。アイブス氏は、これらの変化は全体として1株当たり利益(EPS)を40~50ドル押し上げる可能性があると述べている。

ビーオブエー・セキュリティーズのアナリスト、ジョン・マーフィー氏はさらに強気な見方を示している。マーフィー氏によれば、第二次トランプ政権による新たなEV政策がテスラに影響を与えることはなく、自動運転に関する規制が緩和されることで恩恵を受ける可能性があるという。マーフィー氏は7日にテスラの目標株価を85ドル引き上げ、1株当たり350ドルとした。これはファクトセットが追跡する大手証券会社の中で最高の水準だ。マーフィー氏の目標株価では、テスラの企業価値を約1兆1000億ドルと評価しており、これはファクトセットが集計した2025年のコンセンサス予想利益の106倍に相当する。

それでもなお、マーフィー氏の目標株価は控えめかもしれない。テスラ株は最近の株価上昇により抵抗線を上抜けた。抵抗線とは、株価チャートで過去の株価の上値を結んだ線のことで、投資家が直近に株式を売買した水準を把握するために、主に株式市場のテクニカル・アナリストによって使用される用語だ。また、テクニカル分析を行うキャップセシスの創設者であるフランク・カッペレリ氏は、現在、テスラの株価が「強気のチャートパターン」に突入したと述べている。カッペレリ氏は、今後数日間で株価が270ドル超を維持できれば、数カ月以内に400ドルも視野に入る可能性があると考えている。これは7日の終値から35%上昇し、過去最高値に迫る水準だ。

投資家の期待が先行しすぎている可能性もあるが、市場が何らかの兆候を察知しているのかもしれない。いずれにしても、テスラ株が2025年以降も最近の勢いを維持するには、利益成長が加速し続ける必要がある。それは、誰が大統領であろうと変わらない。