サンプル(過去記事より)

WEEKLY 2025年9月7日号

AIを退職後の資産計画に役立てる方法

AI Can Help With Retirement Planning, but It Can’t Replace a Human Advisor

ただし、人間のファイナンシャルアドバイザーの代わりにはならない

ポートフォリオのレビューはAIの勝ち

Illustration by Carolina Moscoso

データ分析サービス会社レクシスネクシス・リスク・ソリューションズの政府事業部門最高経営責任者(CEO)を務めるヘイウッド・タルコーブ氏は最近、ファイナンシャルアドバイザーとチャットGPTに対して、自身が84歳の母のために運用しているポートフォリオのレビューを実施させた。その結果、勝ったのはチャットGPTだった。

人間のアドバイザーは簡単な定性的評価をしただけだったのに対し、人工知能(AI)はセクター別の内訳や、配当株の各銘柄から受け取るインカムなど、より詳細な分析を示した。タルコーブ氏は「AIへの信頼が一層強くなった」と語る。AIの評価は綿密であるだけでなく、潜在的な利益相反の心配もない。タルコーブ氏は「アドバイザーは『私に運用させてください』と言いたげだった」と話す。

AIの進歩は、お金に関するアドバイスを「民主化」するだろう。かつては、資産計画のモデルや助言を利用するには多くの資金や時間が必要だったが、今やPCやスマートフォンがあれば誰でもアクセスできるようになった。

こうした進歩と同時に、AI投資は株式市場の大幅な上昇を促進している。メタ<META>(旧フェイスブック)やマイクロソフト<MSFT>などの大手は今後数カ月で数十億ドルを投資すると表明している。8月後半には、オープンAIのサム・アルトマンCEOさえもが、現在の状況はAIバブルだと述べた。

市場がどのような結末を迎えるかは議論の余地があるが、オープンAIのチャットGPT、グーグルのジェミニ、アンソロピックのクロードなどのアプリを通じて利用できる大規模言語モデル(LLM)が、あらゆるタスクを合理化していることは確かだ。ロボアドバイザー企業ベターメントが最近実施した調査では、50%強の回答者が金融関係の目的にAIを月1回以上使用していると答えた。ただし、実際にお金の助言を求めるほどAIを信頼していると答えたのはわずか30%だった。

今のところ、AIに資産計画を任せるのはリスクが高そうだ。LLMはブレインストーミングや問題解決には向いている。しかし、今後の暮らしとお金、支出目標、ポートフォリオを検討し、それらをファイナンシャルプランにまとめ上げるという点では、経験豊かな人間のアドバイザーの代わりには依然としてなれない。

また、一般公開されているAIモデルが投資銘柄の選別に大いに使えると期待すべきではない。金融情報サイト「ファイナンシャル・サムライ」の設立者サム・ドーゲン氏は「AIに作成させたモデルポートフォリオがS&P500指数をアウトパフォームし、お金持ちになれるという夢のようなシナリオは、まだ実現しないと思う」と語った。

AIが資産管理ツールとして有望なのは間違いないが、それが危険をもたらすこともまた確実だ。それでは、AIをうまく活用するにはどうすべきか考えていこう。

AIを効果的に使用するには

今日のLLMは、おしゃべりで一方的に話しまくる高校生のようなものだ。教師に何を聞かれても手を上げ、自信たっぷりに答える。たいていは自分でも内容を理解してしゃべっているが、全くの間違いということもある。

LLMは膨大なデータセットによって訓練されたAIであり、大量のテキストを消化して、ユーザーの質問に対してもっともらしい回答を作成する。「生成AI」と呼ばれるのは、チャットボットが消化したテキストの寄せ集めからオリジナルのコンテンツを生成するからだ。生成AIには知覚があるように見えるかもしれないが、ファイナンシャルアドバイザーに普通に求める感情、モラル、個人としての責任感は持っていない。また、金融に関する助言を提供する時に、登録投資顧問とは違って、受託者としてユーザーの最善の利益に沿って行動する法的な義務も負わない。

アメリカン・カレッジ・オブ・ファイナンシャル・サービスで退職所得センターの所長を務めるエリック・ルドウィグ氏は「人々が忘れているのは、LLMが『言葉の計算機』にすぎないことだ」と語る。

投資の基礎に関しては、LLMは総じて妥当なアドバイスを生成する。LLMの回答のレベルは、与えられた質問のレベルを超えない。従って、この段階における誤りは、退職後の計画を知りたいのに年齢を伝え忘れた、といった抜け落ちによるものが主だ。駆け出しの投資家がより正確でパーソナライズされた回答を得るには、「既に賃貸不動産を所有していたらどうなる?」といった追加的な質問を尋ねる必要があるかもしれない。

LLMの要約能力や情報の統合能力は、退職に備える投資家が計画に着手したり、既存の計画をチェックしたりする助けになる。チャットGPTに「あと20年で退職する」と伝えると、米国株が50~60%、海外株が20~30%、債券が10~20%、オルタナティブ資産や不動産投資信託(REIT)が0~10%といった適切な配分を提案してくる。さらに、上場投資信託(ETF)のバンガード・トータル・ストック・マーケットETF<VTI>やiシェアーズ・コア米国総合債券ETF<AGG>など、ポートフォリオを構築するための具体的な低コストのインデックスファンドも推奨してくれる。

チャットボットは予測も可能だ。つい最近まで、退職後の貯金が最後まで持つ確率を計算するには、ファイナンシャルアドバイザーに頼んでソフトウエアに計算をさせる必要があった。今では、チャットGPTに「65歳の時点で100万ドルの貯金がある」と入力すれば、100歳まで貯金が枯渇しない確率は40.7%だと教えてくれる(年間引き出し額を5万ドル、インフレ率を2.5%、市場リターンを6%と想定した場合)。

しかし、アドバイスはここでストップする。チャットGPTに分析の落とし穴について聞いてみると、退職後間もない時期の株価の下落、長期的な介護ニーズが不透明であることなどを挙げる。さらに、インフレ率が高い場合、市場のリターンが低迷する場合、予想外の支出がある場合などをシミュレーションしたストレステストを行うが、これらは人間のアドバイザーなら誰でも言わずともやってくれることだ。

7月後半に新たにリリースされたチャットGPTの「学習モード」は、ユーザーがより自分に合った回答を得られるように、うまく質問をすることができる。例えば、先ほどと同じように、65歳の時点で100万ドルの貯金があるというプロンプトを入力した場合、チャットGPTは資産構成や予想される寿命についてユーザーに質問する。

つまり、賢明に使用すれば、AIは退職後の計画を立て、ストレステストを行い、見落としを発見し、市場が混乱している時に冷静になるよう助言することもできる。

リサーチは得意だが、銘柄選別は不向き

スタンフォード大学の研究者は最近、AIが銘柄選別者として有望であることを示した。もっとも、正しく利用する力があればの話だが。6月に発表された研究では、AIアナリストは公開情報のみを利用して、1990~2020年までの期間でアクティブ運用ファンドマネジャーの93%をアウトパフォームした。アウトパフォームの幅は平均6倍だった。

しかし、研究者は既存のLLMを使用したわけではない。大量のスプレッドシート、決算説明会の資料、規制開示、投資家向けプレゼンテーションなどから投資可能な推奨銘柄を明らかにするという難しい課題のために、高度な機械学習モデルを自ら開発したのだ。

スタンフォード大学の教授で上記プロジェクトにも関わったエド・デハーン氏は、AIが情報を統合する力の活用に関しては、機関投資家に強みがあると語る。個人投資家に何ができるとしても、通常は機関投資家の方がうまくやるためのリソースを持っている。デハーン氏は「生成AIによってハンデがなくなるという考えは魅力的だが、現実的ではない」と指摘する。

AIはプロをアウトパフォームする助けにはならないかもしれないが、投資先を評価するのには役立つ。むしろ、株式リサーチこそAIが輝ける分野だ。ヘッジファンドのZXスクエアード・キャピタルのゼネラルパートナー、フェリックス・シュー氏は以前、株式アナリストとしてスプレッドシートを作成していた。今ではチャットGPTによって、企業利益や過去の株価収益率(PER)といった指標の追跡や、決算説明会の資料の要約が非常に簡単になったと語る。

シュー氏は、多くの人が手っ取り早く投資先を知りたがっていると指摘する。ただし、LLMに買うべき銘柄を聞いて何も考えずに従うのではなく、企業の課題や主な競合他社を分析することを求めるべきだと言う。さらに「もし君がアナリストなら、投資先に何を求めるか」と聞いてみてもいい。シュー氏は「常にチャットGPTに疑問を投げ掛けるべきだ」と話す。

計算は自力ですべし

LLMは言語によって訓練されているので、計算をしようとしてもできない場合がある。ルドウィグ氏はチャットGPTとクロードに、新たな税制・歳出法の下で夫婦が四半期に支払うキャピタルゲイン税を計算させたところ、両者の計算結果は全く異なっていた。マサチューセッツ工科大学のアンドリュー・ロー教授は、あるLLMにローンの経過利息を計算させようとしたが、LLMは複利計算の方法を知らなかったという。

チャットGPTは往々にして生成AIと同義に使われるが、複数あるLLMの一つにすぎない。ロー氏は、各LLMには人間の性格のように異なる強みと弱みがあり、それらをよく知る必要があると語る。

本誌は最近、チャットGPTとジェミニに対して、三つの証券口座を有する73歳のユーザーの必要最低引き出し額(RMD)を計算させる実験を行った。RMDとは、退職金口座から毎年引き出しを義務付けられる金額のことであり、投資家のすべての税金繰り延べ退職金口座の残高に基づいて決定される。

チャットGPTはアップロードされた文書に基づいてRMDを計算したが、ジェミニは難色を示した。ジェミニは「私はあなたの財務文書に安全にアクセスし、これを処理することはできないため、RMDを直接計算できません。これらの文書をアップロードしたり、個人的な財務情報を共有したりしないでください」と述べ、ユーザーが自分で計算するための数式を示した。

専門家は、個人を特定できる情報をLLMに入力すべきでないと指摘する。オープンAIのアルトマン氏は今年夏、チャットGPTはユーザーに対して法的な守秘義務を負わず、チャットGPTとの対話は法廷で証拠として使用される可能性があると警告した。

本誌はオープンAIに対してRMDの実験に関するコメントを求めたが、返答はなかった。グーグルの広報担当者は、ユーザーは医療、法律、金融などの専門的な助言についてジェミニに依拠すべきでないと述べた。

ロー氏は今後5年以内に、いわゆるエージェントAIが受託者として行動し、利用者の最善の利益に沿って資産を運用できるようになると予想している。しかし、安全対策はまだ導入されていない。

今のところ、ほとんどの証券会社は、主に会議でのメモ取りといった補助的な業務のためにAIを使用している。しかし、アドバイザー向けAIアシスタントを提供するジャンプのパーカー・エンスCEO兼共同創設者は、AIエージェントがアドバイザーと共に働く「ハイブリッド」な未来はそう遠くないと語る。最終的な目標は、安全で法令を遵守したAI体験を提供することだと言う。

AIには正確性、プライバシー、法的責任以外にも多くのグレーゾーンがあり、こうした分野では経験豊かなアドバイザーが付加価値を提供できる。ファイナンシャルアドバイザーの重要な仕事は、顧客がしっかりとアドバイスに従って行動するようにすることだ(文書の作成や確定拠出年金[401k]の移換など)。アメリカン・カレッジ・オブ・ファイナンシャル・サービスのスティーブ・パリッシュ教授は「多くのAIは『あなたは何々をすべきだ』と助言するだろう。退職に関する意思決定の多くは、イエスかノーで答えられるものではない」と語る。